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綾乃「私があなたに惹かれた理由」

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1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:04:55.90 ID:p8Zak/2y0

昔から、私は人一倍正義感の強い子供として有名だった。
有名とは言うものの、それは悪いほうの意味での有名だ。

小学生の頃から曲がったことは大嫌いで、いじめだって見過ごせなかった。
誰かが何か悪さをされればすぐに飛んでいって注意したし、どんなに小さなことだって
いけないと思ったことははっきりとそう言った。

それがきっと、同世代の子たちの反感を買ってしまったのだ。

いつしか陰口や、悪さの対象は他の誰かから私に代わっていた。
私は、いつのまにか独りでぽつんと過ごすことが多くなっていた。


2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:08:47.75 ID:p8Zak/2y0

それが、小学校の思い出。
いい思い出なんて一つもない。

だから私は、中学生になったら出来るだけ大人しく過ごそうと、そう決めていた。
何があったって知らない振りを決め込む。
そうしなきゃ、せっかく新しい環境になったのにまた小学校の二の舞だと思ったから。

中学に入学した私は、けれどやっぱりうまくはいかなかった。
進学できる二つの中学校のうち、同じ小学校から進学する人ができるだけ少ないほうの学校を選んだおかげか
悪い噂は断ち切れた。
それでも、あの長い六年間の生活で、私は人と仲良くする方法を忘れてしまっていたのだ。


3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:12:21.50 ID:p8Zak/2y0

「……」

だから、今日も一人。

まだ慣れない教室を見渡し、ひそかに溜め息を吐く。
もう一週間くらい前にはすっかり女子特有のグループができあがっており、私はもちろん、その中にはいない。
部活もすでに始まっているから、放課後の教室はガランとしていた。
私はまだ、どこの部にも届けを出していなかった。

帰りましょう――


4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:16:27.96 ID:p8Zak/2y0

今日は、一人二人とは少しだけ話せた。
少なくとも、今はそれで満足している。

鞄を持ち上げて教室を出かけたところで、教室と廊下の間にポケットティッシュが落ちているのに気付いた。

「……これ」

屈みこんで、拾う。
中身は少し残っていて、けれどそれが気になったわけではなくて、その中身の入った可愛い入れ物が
見たことあるものだったのだ。


6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:20:22.58 ID:p8Zak/2y0

池田さん、だったかしら。

いつもにこにこ笑っていて、眼鏡をかけた優しそうな子だ。席は少し離れているけど、
聞きなれないイントネーションで話す声がよく耳に入ってくる。
絵柄がファンシーだったからよけい印象に残っていたのだろう。

私は思い出した途端、なんだか落ち着かない気分になってきた。
知らない人の落し物ならともかく、クラスメイトの落し物を拾ってしまったのだ。
だいたい知らない人だとしても、ポケットティッシュごときでわざわざ職員室に寄って「落ちてました」と渡すのはどうなんだろう。


9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:22:26.48 ID:p8Zak/2y0

迷った末に、私はこっそり池田さんの机に置いておくことにした。
池田さんはもう帰ってしまったみたいだし、「これ落ちてたわ」と渡すことなんて
できやしないし、する勇気もない。

これだからよけい友達ができないのよと私の中のもう一人の自分がそう言うけれど、
知ったことじゃない。


10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:27:29.10 ID:p8Zak/2y0

私は教室に回れ右して、池田さんの机を探した。
ええと、確か――
入学したてで一度も席替えはしていないから、廊下側の前のほう。

「あ、あった」

一つずつ椅子を確認して、『池田千歳』と名前シールが貼られたものを見つける。
ほっとして思わずつぶやくと、「なにがー?」と突然、声がした。


11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:30:25.42 ID:p8Zak/2y0

「ひっ!?」

私は口を酸欠の金魚みたいにパクパクさせて、漫画みたいに大袈裟に仰け反った。
いつのまにか、人がいた。
「あ、ごめん。驚かせちゃった?」と首を傾げたのは大きなリボンが印象的な、
名前は確か――

「と、歳納さん……」
「おっ、名前覚えててくれたんだ!でも歳納さんじゃなくって京子でいいよ」


12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:33:35.65 ID:p8Zak/2y0

その人はニッと笑って言った。
私はというと、作り笑いをする余裕すらなくって、「え、ええ」とかなんとか、
曖昧な相槌だけをうっていたと思う。

やだ、変なとこ見られちゃった――?
ガクガクとなる私にさらに追い討ちをかけるように、その人は「で、千歳の席がどうかしたの?」と。

「あ、あの、私、その……!」


13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:37:35.08 ID:p8Zak/2y0

ただ、落し物を池田さんの席に置いておこうとして、それだけでなんの後ろめたさもないはずなのに
うまく言葉が出てきてくれない。
それで結局、私は。

「これ……!」

きょとんとしているその人に、池田さんのポケットティッシュを押し付けた。
「あれ、これ千歳の……」という声を無視して、私は全速力で教室を逃げ出した。
後ろは振り返らない。
恥ずかしさや困惑や後悔や、色々なものが交じり合って、顔が熱くて仕方が無かった。


14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:38:19.31 ID:p8Zak/2y0

どうして私はこんな――
そう思って廊下の角を曲がる寸前。

「綾乃、また明日なー!」

そんな声がした。


15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:40:43.85 ID:p8Zak/2y0

―――――
 ―――――

家に帰ると、私はお母さんが「綾ちゃん、どうしたの?」と心配そうに聞いてくるのを
振り切って部屋に閉じこもった。

家では心配をかけたくなくってできるだけ明るく振舞うようにしていたのに、
これじゃあ意味がない。
それでもなんだか今は誰とも顔を合わせたくはない気分だった。

自己嫌悪。
羞恥心。

それから――


16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:44:12.05 ID:p8Zak/2y0

「綾乃」?

ほとんど初めて話したような人なのに、いきなり名前で呼んできたあの人の声を
思い出して。

戸惑いと、ほんの少しの、怒り。
私みたいな一人の人間にも平気で話しかけてきて、あんな振る舞いをしたにも関わらずなお親しげに
話し続けようとしてくるあの人のことが、私にはよくわからなかった。


17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:44:49.39 ID:p8Zak/2y0

明日、どんな顔をして学校へ行けばいいのだろう。
それにもし、あのティッシュのことをなにか勘違いされて池田さんに話されていれば。
泣き虫で弱虫の私が顔を出す。

「もうだめだわ……」

ベッドに顔を埋めて、私は呻いた。


18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:48:26.12 ID:p8Zak/2y0



翌日。
学校を休んでますます両親に心配をかけたくなくて、私は重い気分で学校へと向かった。
そんなだから、急がなきゃと思うのと裏腹に足は中々前へ進まなくて、教室についたのは
始業チャイム五分前だった。

始業前のざわざわとした教室にこっそりと入って、私はまず癖のように黒板を確認した。
毎朝早くに来て黒板をきれいにしていたのだ。
けれど今日は昨日のまま、少しチョークの粉が残っていた。

やはり誰も黒板掃除をする人なんて当番にあたりでもしない限りしないのだろう。
そもそもこんなことをしているから、「浮いてる」のだろうか。


21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:51:58.15 ID:p8Zak/2y0

もんもんとしながら席につく。
そして必要な教科書やノートを鞄から出しながら、私は池田さんの席のほうへと目を向けた。

あら、いない?

いつもはこの時間、数人のクラスメイトに囲まれて談笑している姿を見かけるのだけど。
そうは思いながらも私はどこかほっとする。
その矢先。

肩をぽんっと叩かれた。


22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:55:32.83 ID:p8Zak/2y0

「杉浦さん、おはようさん」

あのよく見るにこにこ顔のまま、池田さんが立っていた。
私は「お、おはよう……!」と精一杯の返し。

「ありゃ。もしかしてうち、怖がられとる?」
「そんなこと、ないけど……」

慌てて首を振る。
すると、池田さんは「よかったわぁ」とへにゃりと笑った。
これまでにも数度事務的な会話をしたことがあるけど、その時も今も変わらずなんとも言えない雰囲気の子だと思う。


24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 15:58:37.22 ID:p8Zak/2y0

「あ、でな。これのことやねんけど」

いつもと変わった風ではなかった。
けれど、鼓動は嫌な風にドクドクと早くなる。
池田さんは、昨日私が拾ったポケットティッシュを取り出して、私に見せた。

「ええ……」

もしかして、やっぱり。
昨日の私の様子が、誤解を生んだのかもしれない。
それを歳納さんが池田さん本人に話して――


25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:02:28.26 ID:p8Zak/2y0

だとしたら私は一体どうすればいいの?

よけいなことしちゃって。
でも、私が歳納さんを責められるはずなんてない。
だから大人しく、池田さんの次の言葉を待った。

「ありがとうな」

とっても嬉しそうな、池田さんの声。
私は「え?」と俯きかけていた顔を上げて池田さんを見た。
声と同じように、こころなしかいつものにこにこ顔は深まっているように思えた。


26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:05:06.64 ID:p8Zak/2y0

「あんな、うちちょっと鼻があかんくてティッシュが大切でな。少しでも無駄にしとうなくて」
「はあ……あの、その入れ物は?」
「あ、これ?なんやおばあちゃんがティッシュなくしてもええようにって買って来てくれてんけど、
 早速役にたったなあ」

どうやら池田さんは、その入れ物よりも本当に中身のほうが大事だったようだ。
なんだか拍子抜けというか、でも本当に嬉しそうだからいいかと思う気持ちで。

「そう……良かった」


28:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:08:03.40 ID:p8Zak/2y0

だから、それは心からの言葉だった。
でもすぐに、はたと疑問に思う。

「けど、どうして私だって……?」
「うん?歳納さんがな、うちに教えてくれてんよ。杉浦さんが拾ってくれたんやって」

よくよく考えれば池田さんがそのことを知るには歳納さん以外ありえないのだけれど。
なぜだか、ちゃんと確認したくて。

「……そう」
「うん、ほんまにありがとうな」


29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:09:13.60 ID:p8Zak/2y0

「ううん」

私は首をふると、自分が少し笑っていることに気がついた。
チャイムが鳴る。
「じゃあ、うち席戻るなあ」と池田さんが自分の席へとかえっていって。

私はそっと、窓側の席へと視線を向けた。
歳納さんと目が合った。
ピースサイン。

よけいなことしちゃって。
もう一度そう思ったけど、嫌な気持ちにはもうならなくて。
そのかわり口許がまた弧を描きそうになり恥ずかしくて顔を逸らした。


31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:10:11.04 ID:p8Zak/2y0

ありがとうと、お礼を言った方がよかったのかもしれないと気付いたのは、
一時間目が終わってからだった。

―――――
 ―――――

その日の昼休みは、池田さんと少し話した。
ティッシュを拾ってくれたお礼に、となぜかのど飴をもらった。

「別にそのくらい気にしなくてもいいのに……」
「ええんよ。それに、ほんまはティッシュのことだけやないで」

池田さんはにっこり笑って言ってくれた。


32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:10:49.13 ID:p8Zak/2y0

「いつもうちらの教室きれいにしとってくれたり、クラスのこと、ちゃんと見といてくれてるやろ?」

驚いた。
まさか、気付かれていたなんて。誰も私のことなんて気にしていないと思っていた。
気にしていれば気にしていたで、変な子だと思われているに決まっていると、そう考えていたから。
池田さんの言葉が意外で、それからすごく嬉しかった。


34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:11:57.69 ID:p8Zak/2y0




この日から、池田さんは中学に入ってからの、私の初めての友達になった。





35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:15:40.61 ID:p8Zak/2y0



「そういえば、杉浦さんてなんも部活入っとらんの?」

ある昼休み。
はたと気付いたように隣を歩いていた池田さんが訊ねてきた。
最近はようやくギクシャクとせずに話せるようになってきていて、こうして一緒に
行動することも多くなっていた。

それでもまだまだ知らないことは沢山ある。

「ええ。なんだか入る機会も逃しちゃったかんじで。池田さんは?」
「うちもやねんなあ」
「なにか入りたい部なかったの?」


36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:18:27.75 ID:p8Zak/2y0

私が言うと、池田さんは「うーん」と曖昧な返答を見せた。
それが少し珍しく思えて首を傾げたけれど、その意味を聞くほどにはまだ親しくない気がして
結局聞けなかった。

「まあ、今さら入れるようなところもないだろうし」なんて言ってその場を濁し、
目的地だった図書室の前で立ち止まる。
池田さんが借りたい本があると言って一緒についてきたのだ。

小学校の頃は昼休みによく図書室で本を読んでいたから嫌いじゃない。
けれど中学に上がってからまだ間もないうえに、一人で訪れるのはさすがに気が引けて
ここに来るのは今日初めてだった。
ああ、初日に案内された覚えはあるけれど。


37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:23:25.45 ID:p8Zak/2y0

「へえ、色々貼ってあるわね」

中に入る前に、私はドアの横の掲示板に気付いた。
私の後ろについていた池田さんが「ああ」と笑った。

「そやねえ、図書委員さんとかが新着図書とかのお知らせ貼っとるらしいよ」
「本格的なのねえ」

他にも、学校行事のあれこれだったり、委員会の活動報告などが書かれた紙が貼ってあった。
なんとなくそれらに目を向けて、私はあるところに吸い寄せられた。


38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:23:55.88 ID:p8Zak/2y0

『生徒会活動報告』と、なんともシンプルにまとめられたもの。
しかも、手書きだ。
手書きの丁寧な字で、去年の活動はなにをしたか、今年はなにするかを箇条書きにされていた。

入学式や卒業式の準備。
様々な行事企画。
学校をよりよい場所にするためのアンケート。

その下には、小さな字で『生徒会メンバー募集中』とあった。


40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:24:32.19 ID:p8Zak/2y0

どうせ入るなら――
そんなことを考えて、私はぶるぶると首を振った。
だめ、だめよ。この三年間は大人しくすると決めたのに。
今の私はあまり目立たないように、誰も怒らせたりしないように。生徒会に入って、以前の私が顔を出したら大変だ。

「杉浦さん?どないしたん?」

訊ねられて、私は「な、なんでもないわ!」と張り紙から目を逸らした。


41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:25:02.60 ID:p8Zak/2y0

池田さんが「もしかして」と言う前に図書室の中へ。
それから咄嗟に池田さんの手を掴んでいたことに気付いて慌てて「ごめんなさい!」と離した。

「あはは、杉浦さん慌てすぎやあ」
「うう……」

恥ずかしくて頬が熱くなる。
けれどどうやら池田さんはもう気にしている様子はなくてほっとした。


43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:28:07.71 ID:p8Zak/2y0

―――――
 ――――――

その数日後だった。
放課後、昇降口で靴を履き替えていると「ゴミの分別はちゃんとしましょう」と
呼びかけている生徒会の人の姿を見かけた。

「生徒会の人ら、頑張ってはるね」
「ええ……」

なんとはなしに池田さんに返事しながら、私の目は生徒会の人たちに釘付けだった。
ほとんど三年生ばかりみたいだけど、手作りのポスターなどを掲げて生徒会の腕章をつけ
帰って行く生徒たちに呼びかけている様はとても格好良かった。


45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:28:47.46 ID:p8Zak/2y0

私も、あの中に入れたら。
一瞬そう思い掛けて、すぐに打ち消す。

「帰りましょ」と池田さんに呼びかけ、私はずんずんと先へ進んでいった。
できるだけ、生徒会のことは気にしないように。
池田さんが「杉浦さん、せっかちやなあ」と追いついてくる。

「あ、ごめんなさい……」
「ううん、ええんやけど。なにか急いで――」

言いかけた池田さんは、「あっ」と声をあげた。
「どうしたの?」と訊ねてすぐに、どこかの部活だろう大量のペットボトルや色々なゴミを
同じゴミ箱に捨てているのが見えた。


46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:29:20.99 ID:p8Zak/2y0

「こんだけ注意してはんのに……」

私はつい、そちら側に足が向けていた。
「あ、杉浦さん?」と池田さんが慌てて追いかけてくる。
それすらも気付かないまま、私はたぶん、どうしてだかずっと隠れていたはずの
以前の私がふつふつと溢れ帰ってくるのを感じていた。

「ちょっと、あなた達!ゴミの分別はちゃんとしなきゃ罰金バッキンガムよ!」

言ってから、気付いた。
ゴミを捨てていたのは先輩たちだった。


48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:30:02.66 ID:p8Zak/2y0

途端にこわくなって、ガタガタと足が震えてくる。
やってしまった、やってしまったわ私――!
背後では、池田さんがきょとんとしているのがわかった。

目の前に居る先輩たちも同じで、けれど徐々に不機嫌そうな顔や、明らかに「なにこいつ」という顔をする。
どうしよう、謝ったほうが……。でも、この人たちが間違っているのにそんなこと。


49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:30:40.34 ID:p8Zak/2y0

「なに、一年生?」
「生徒会じゃないよね?」

「なにいい子ぶっちゃってるの」
そんな声が今にも聞こえてきそうだった。
すぐにでも逃げ出したくなる。

そんなとき。
「お、あそこに爆発によさそうな材料が沢山あるぞ松本」


50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:31:17.61 ID:p8Zak/2y0

ば、爆発?
なにかの聞き間違いかしら。それとも私の隠れた自殺願望かなにか?
なおさら混乱した頭でも、耳はけれどしっかりと「西垣先生や」という池田さんの声をとらえていた。

西垣先生――
振り向くと、白衣姿の女性教師の姿があった。
何度か理科室で見かけたことがあるけれど、授業に入ってもらったことはないから
どんな人かはまったく知らない。
彼女の横には小柄な生徒の姿も。長い髪がとても印象的。そしてその彼女の腕には生徒会の腕章があった。


52:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:31:58.14 ID:p8Zak/2y0

「そんなに爆発爆発言っちゃだめだって?そういえばそんなことを校長にも言われた気がする」

独り言?
いや、小柄な生徒会の人と、会話をしてはいるらしい。が、声はまったく聞こえてない。
それでも伝わっているのだろうか。

私が呆然としているうちに、その不思議な二人は私たちのすぐ近くまでくると
同じく呆気に取られているらしい先輩たちの持つゴミ袋をひょいっと取り上げた。


53:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:35:11.04 ID:p8Zak/2y0

「とりあえず、これは没収だそうだ。だったら全部私の部屋に持ち帰って――ははっ、冗談だよ冗談」
「せ、先生……」
「私も一応教師だからな。決まりごとは守らなきゃいけないだろう?今日は見逃すけど次見つけたら厳重注意になる、そうだ」

先輩たちは気まずそうに顔を見合わせてなにか言いかけたあと、結局「すみませんでしたー」の軽い一言だけ残して
私たちに背を向けた。

なんだかよくわからないけど、すごい。


54:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:36:43.63 ID:p8Zak/2y0

「あ、あのっ……」
「うん?」

とりあえず、なにか言わなきゃ。
そう思って声をかければ、先生は今思い出したというように私に目を向けた。
それから私がもごもごしているうちに、先生は隣に立つ生徒の頭を一度ぽんっとなでてから
「松本は」と。


「ぜひ生徒会に入ってほしいそうだが」



56:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:37:59.66 ID:p8Zak/2y0

――――― ――

「なんであのとき、すぐに『入ります』って言わんかったん?」

私の少し後ろを歩きながら、池田さんが訊ねてきた。
突然の展開に戸惑っていた私は、少し息切れがするくらいに早歩きだったことに
今さら気がついた。

「なんでって言われても……」
「だって、生徒会の人から直々にやで。すごいやん杉浦さん」


57:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:38:50.50 ID:p8Zak/2y0

あの小柄な生徒――すでに次期生徒会長にほとんど決まっているらしい松本先輩は、
私みたいな一年生がまっすぐ先輩にたてついているのを見て生徒会に向いていると思った、らしい。
(西垣先生談だからどこまで本当かはわからない)

「でも……」
「ほんまは生徒会、入りたいんとちゃう?」

違う、とは言えなかった。
それに、やっぱり嬉しかったのだ、生徒会に入ってほしいと言われて。
もしかしたら、昔の私も、間違っていなかったのかもしれないと、思えた。


59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:40:39.22 ID:p8Zak/2y0

けれどやっぱり、こわい。
またなにか言われるんじゃないかと思うと、こわかった。

「やっぱり私には似合わないわよ、生徒会なんて」

せっかく、昔の自分ではない今の私に慣れてきたところなのだから。
できるだけ、穏便に。平和に過ごせれば、それ以上幸せなことって、ない。
池田さんの「残念やなあ」と言って見せた笑顔は少し悲しそうだった。


61:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:42:26.65 ID:p8Zak/2y0



「綾乃っ」

名前を呼ばれてハッとした。目の前にはトレードマークの赤いリボンをつけた歳納さんがいて。
中学に入ってはじめての中間テストがこの間終わり、今は六時間目のホームルーム。
昨日遅くまで返されたテストの復習をしていたからか、先生の話をちゃんと聞いているつもりだったのに
いつのまにかうとうととしてしまっていたらしい。

「珍しいね、綾乃が居眠りなんて」
「ご、ごめんなさい」


62:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:44:09.93 ID:p8Zak/2y0

その隣にはよく歳納さんと一緒にいるところを見かける船見さんもいた。
歳納さんが時々こんなふうに突然話しかけてくるから、
船見さんともそれなりに言葉を交わすくらいにはなっていた。

けれど、元気が取り柄のような歳納さんと、大人しそうでなんでもできるイメージの船見さんが
どうして一緒にいるのか少し不思議だ。

「いや、私に謝られても」と船見さんが苦笑して、「そ、そうよね」と慌てて返す。
そういえば今なにをしていたんだっけ。
きょろきょろと周囲を見回すと、皆それぞれグループを作っているようだった。


63:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:45:26.45 ID:p8Zak/2y0

それで、今度行われる遠足の班分けをしていたことを思い出した。
池田さんと組むことは決まっていたのだけど、あともう数人は池田さんが連れてくると言っていたから
中々自分から話しかけられない私は大人しく自分の席で縮こまっていたのだ。

「もしかして綾乃も徹夜でなもクエやってたの?ちょうどこの前発売したやつ」
「それはお前だけだ」
「結衣だって一昨日はやってたくせにー」
「いいから早く本題に入れ」

なもクエ?と首をかしげているうちに二人の会話は私に向けられた。
歳納さんが「そうだった」と言って私の机にバンッと手を置く。
そして軽くびくりとした私に、歳納さんは言った。


66:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:49:36.64 ID:p8Zak/2y0

「綾乃、私らと組もうぜ!」
「は?」
「ていうか私たちが千歳に誘われたんだけどね」

池田さん!
ばっと教室全体を見渡すと、池田さんは既に教卓の前にいて、それはすなわち先生に班分け報告をしているということだった。

「私たちは全然構わなかったんだけど、千歳が綾乃には聞いてないって言ってたからどうかなと思って」
「え、えっと……」
「もちろん組んでくれるよね?」

歳納さんが私の机の前に屈みこんで、見上げるような視線を送ってくる。
それで私は、ただでさえ「ごめんなさい」と言える立場でも状況でもないのに「いやよ」なんて言えるはずはなかった。


68:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:51:08.93 ID:p8Zak/2y0

――――― ――

「い、池田さん!」
「うん?どないしたん、杉浦さん」

帰りの会が済むとすぐに、私は池田さんのもとに駆け寄った。
池田さんはというと、本当になにもわからないといった顔で私を迎える。

「どうして歳納さんたちと!」
「えぇー、あかんかった?杉浦さん、歳納さんのことよう気にしてるみたいやったから」
「ない!ないないナイアガラよ!」


70:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:52:34.70 ID:p8Zak/2y0

精一杯否定する。
それで池田さんが顔を曇らせた。
しまった。こんな言い方しなくても良かったのに。

でも、だって。
別に気にしているつもりはなかった。けれどあの人を追いかけていたことは確かかもしれなかった。
それもきっと、池田さんが思っているのとは別の意味で。

私は歳納さんがあまり好きではなかった。
こうして池田さんと仲良くなれたきっかけは歳納さんだったし、感謝はしているけど。


71:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:53:40.69 ID:p8Zak/2y0

いつもお気楽に笑っているし授業だって真面目に受けない。見るたびに寝ているか内職しているかのどちらかだ。
それなのにこの間のテスト結果だって学年一位だったし――
正直悔しくて、いつのまにか自分の中で勝手に対抗意識を燃やしていた。

「でも、な?今さら別の班に変えてもらういうのもできへんし……」
「う……そ、そうよね。ごめんなさい」
「それにうちは杉浦さんが他の子と仲良うしてるの見るの、嬉しいし」

にっこり笑われて、私は結局また押し切られてしまった。


72:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:55:37.59 ID:p8Zak/2y0



やがて、遠足当日。
クラスによって行く場所は違うらしくて、いくつか設定された場所の中から私たちのクラスが選んだのは
七森山でのハイキングだった。

「家から直接着てこれたら楽やのになあ」
「本当よね」

どこぞの駅に集合とするより学校に来たほうが早いということで、
いつもより少し早い時間に教室で集まることになっていた。

全員の出席を確認するまでは体操着に着替えて教室待機。
私もざわざわとした教室の端っこで、池田さんと一緒に制服から体操服に着替えていた。


74:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:56:22.80 ID:p8Zak/2y0

「雨でも降ってくれれば良かったのに……」
「まあでも他の場所も大概やったからなあ」
「そうね……。せめて動物園とか美術館に行けたらよかったのに」
「あはは、チョイスが女の子らしくてかわええわ」
「え、そ、そう?」

頭からすっぽりと長袖ジャージをかぶる。
一応山の上だから、持って行って損はないだろうし。
池田さんと話しながら着替えた制服を袋につめていると、「うおっ」と前のほうで着替えていた歳納さんの声がした。


75:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:57:00.61 ID:p8Zak/2y0

「結衣ぃ、どうしよう!ジャージ忘れた!」

顔をあげると、隣で着替えていた船見さんに飛びつくように抱きつく歳納さんの姿。

「はあ?昨日あんだけちゃんと用意しとけよって言ったのに……」
「だって原稿の締め切りに追われてたんだよ!」
「自業自得だろ」
「ぐぬっ」

原稿?
歳納さんは漫画かなにかを描いていたりするの?


77:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:57:45.05 ID:p8Zak/2y0

「杉浦さん、やっぱり歳納さんのこと気になるん?」

いつのまにか手が止まっていて、池田さんがそっと身体を寄せて耳打ちしてきた。
ボッと顔が熱くなる。

「そ、そんなわけないわよ」
「へへへ。けどジャージないんどうしはるんやろ。うちジャージは一枚しか持ってへんし……」
「私も……」

言いかけて、私はそういえばと思い出した。


78:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:58:26.88 ID:p8Zak/2y0

たしかこの間間違えて二枚持って来て、一枚を予備用にロッカーに置いておいたのだった。
ロッカーを探ってもう一枚のジャージを取り出した。

「おお、杉浦さんもう一枚持ってたんや!」
「え、ええ。たまたまだけど……」
「歳納さーん!」
「ちょ、ちょっと!?」


79:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 16:59:36.76 ID:p8Zak/2y0

まだ貸すとも言っていないのに、池田さんは早速歳納さんを呼ぶ。
歳納さんはすぐに気付いて私たちのもとへ来ると、
「綾乃、貸してくれるの!?」と今にも尻尾を振り出しそうな勢いで。

「ええ、まあ……」
「助かった、ありがと!」

突き抜けるような明るい笑顔でお礼を言われ、なんだかむずがゆい気持ちになって
「べ、べつにこれぐらい構わないわ!」と顔を逸らした。
こんな歳納さんと、私はどんなふうに接すればいいかわからない。
だからやっぱり、この人のことが苦手、なのだと思う。


80:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 17:00:34.31 ID:p8Zak/2y0

――――― ――

遠足自体は怪我人も出ることなく無事に終わりを迎えようとしていた。
なにもスポーツをしていない私でもわりと楽に歩けたから、
本当に初心者向けのハイキングコースだったのかもしれない。
途中で見かけた本格的な道でなくて良かったと心から思う。

山頂でお弁当を食べてレクリエーションしたあとすぐに山をおりはじめ、
今は半分くらい来たところで最後の休憩をしているところだった。

「あっ、お茶なくなっちゃった……」
「うちもう少しあるからいる?」
「え、いいの?」
「ええよ、ただうちのとこのお茶、ちょっと苦いかもしれんけど……」


81:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 17:01:40.73 ID:p8Zak/2y0

ハイキングはクラスで一塊になって歩くから、
班の意味は山頂でのレクリエーションとこういう休憩時間での点呼以外あまりなかった。

だから歳納さんと話す機会もあまりなくって、安堵していた。
船見さんとはもう少し話してみたい気はしたけれど。
池田さんのくれたお茶は確かに苦かったけど普段飲まない味で疲れた身体にはとても美味しく感じられた。

「はーい、それじゃああともう一踏ん張りです!」

遠くのほうで先生が言い、みんな「えぇー」と言いながらだらだらと動き出す。
私たちも水筒をリュックに片付けて、だるくなってきた身体に鞭をふるって立ち上がる。


82:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 17:02:51.77 ID:p8Zak/2y0

「点呼してー!」

休憩後再び移動するときは、必ず点呼がとられていた。
近くに座っていた歳納さんと船見さんが駆け寄ってくる。

「みんないるね」
「もう疲れたけどなあ」
「ようやく帰れるわ」
「よし結衣隊員今すぐ報告行って来い!」

はいはいと明らかに別の意味で疲れた顔をしながらも、
「五班OKです」とリーダー役を引き受けてくれた船見さんが先生のもとへ走ってくれる。


85:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 17:04:36.12 ID:p8Zak/2y0

そういえばこの間船見さんが陸上部に誘われていたという話をちらりと耳にしたけれど、
入部したという話は聞いたことがない。
体力も、(勧誘されるくらいなのだから)速さもあるみたいなのに、勿体無いとなにも知らない私でも思ってしまう。

私たちの班は確認がとれたので、あとは他の班の確認がとれるのを待つばかりだった。
けれど先生はいつまで経っても「出発しまーす」と元気な声を張り上げなかった。
「先生、一人足りません!」という声が聞こえたからだ。三班の人たちみたいだった。

一瞬いないという言葉に皆顔を見合わせたけれど、どうやらトイレに行ったようで
しばらく待ちましょうということになった。

しかしそれでも一向に出発の号令はかからない。
「遅いわね」という声が聞こえたように、点呼確認があってからすでに十分ほど経過していた。
クラスメイトたちもそろそろおかしいなと思い始めたのか、ざわめきはじめる。
先生はしきりに簡易トイレのあるほうに目を向けていた。


86:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 17:05:37.07 ID:p8Zak/2y0

「大丈夫かな」
「お腹痛いんじゃない?」
「だとしてもこんなに長くはないんやないかな……」

みんなから少し離れた場所に立ちながら、私たちもなんとなく言葉を交わす。

そしてついに、先生が動き出した。
トイレを確認して、青ざめた顔で戻ってくる。それを見てよけいにざわめきが広がった。
みんな先生の表情の意味に気付いたのだ。

もしかしたら、いなくなったクラスメイトはトイレがあるほうを間違えてどこかへ歩いていってしまったのかもしれない。


88:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 17:07:04.79 ID:p8Zak/2y0

「みんな!静かにして、落ち着いて!」

先生が声をかけるけれど、一旦起きたざわめきは中々おさまらない。
「やばくない?」「山で遭難って冗談ならないよね……」「どっかの場所から落ちてたりして」
様々な声が飛び交う。

こういうとき、私はなにか言いたいのにすぐには言葉が出てこなかった。
池田さんと顔を見合わせたとき、「もしかしたら蝶にでも誘われてすぐ近くでクマと戯れてるだけなのかもしれない!」
すぐ傍で声がした。歳納さんだった。

みんなが「は?」と一斉に声をあげた。先生までもきょとんとしている。
けれど歳納さんはそれを意に介さず、「だから探せる範囲で探そうぜ!」と
周囲に呼びかけた。

それが合図になったかのように、みんなのざわめきは今度は捜索のためのそれにかわっていった。
二人一組になって、いなくなったクラスメイトの名前を呼ぶ。私も池田さんと組んでそれに倣いながら、
歳納さんのことがますますわからなくなっていくのを感じていた。
普段はへらへらしているのに、いざとなったら今みたいにみんなをまとめて――まるで私と正反対。


90:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 17:08:28.02 ID:p8Zak/2y0

――――― ――

トイレ付近を探し「見付からないわね」と焦る思いで休憩場所まで戻る途中だった。
背後にいたクラスメイト二人の声が、耳に入ってきた。

「ちょっと、どうすんのよ……」
「やばいよね……」
「これでみつかんなかったらあたし――」

最初は、いなくなったクラスメイトのことを案じているだけなのだと思った。
けれどどうやらそれだけではないらしかった。


91:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 17:09:33.00 ID:p8Zak/2y0

要約すると、こうだ。

いなくなったクラスメイトと彼女たち二人は仲の良い友達だったが
歩いている途中ケンカをしてしまい、その腹癒せにトイレはもっと向こうにあると嘘を教えてしまったらしい。
それを信じるほうも信じるほうだけど(そもそもちゃんと場所を知らせる看板だって立ててあったのに)なににしても。

池田さんが「杉浦さん、見付かったん!?」と突然方向転換した私に驚いたように声をかけてきたが、
私はそれには答えず背後で話していた二人に走り寄った。


92:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 17:10:20.20 ID:p8Zak/2y0

「あなた達、それでも友達なの!?」

突然の私の剣幕に驚いたのか、彼女たちは「なにっ?」と顔を見合わせた。
それから一人が怒ったように食いかかってくる。

「だって、まさかこんなことになるなんて誰も――!」
「思わなくても、危険だってことくらいはわかってたんでしょっ?」
「それはっ……」


94:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 17:11:55.13 ID:p8Zak/2y0

言葉に詰まったクラスメイトに、私はさらに言葉を続けようとして。
「綾乃!」と名前を呼ばれた。
いつのまにかおろおろとしている池田さんの隣に歳納さんや船見さんもいた。

「あっ、わ、私……」

しまった、また私は――
しかも、今度は一緒の教室で過ごすことのない先輩ではなくてこれからも一緒の教室で過ごしていくクラスメイトたちで。
どうしよう、どうしようと当惑していると、休憩場所から先生の笛の音が聞こえた。
それは見付かった時に鳴らすという合図の音だった。


96:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 17:13:48.71 ID:p8Zak/2y0

―――――
 ―――――

迷子になったクラスメイトはトイレのあった反対方向の道を少しいったところで
自分が迷ったことに気付きその場で誰かが気付いてくれるのを待っていたのだという。

彼女はなぜそうなったのかは言わず、ただ「迷惑かけちゃってすいませんでした」と全員に謝罪した。

やっと全員無事で山をおりるとき、私たちは最後尾を歩いた。
さっきの三人の背中が見えて、迷子になっていた子を真ん中に挟んで両隣の二人はしきりになにかを言っていた。

見付かった合図を聞いて真っ先に飛んでいったのは両側の二人で、
無事だったクラスメイトに泣きながら抱きついたのも彼女たちで。
だから私ももう、責めることなんてできないしそんな資格はない。


106:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:01:31.25 ID:p8Zak/2y0

なのに。
なのに。

「……杉浦さん、大丈夫?」

ずっと黙り込んでいる私に気付いた池田さんが声をかけてきてくれるけど、
私はただ「大丈夫よ」と作り笑いを返すしかなかった。

また、昔の私が出てきてしまった。
あんな責めるような口調で、彼女たちがなにも思わないはずなんてあるわけない。
もしかしたら、明日には私のことが噂になっているかも。

そう思うともういてもたってもいられなくって。
せっかく築いてきたもの全部がまたなくなってしまいそうで。


107:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:02:44.22 ID:p8Zak/2y0



予定より大幅に遅れた帰校で、その日は帰りの会もそこそこに早々に解散となった。
みんな今日のことを話しながら体操服から制服に着替え、ちらほらと散っていく。

私は、周囲を気にしながらのろのろと制服に腕を通していた。
池田さんはしきりに心配そうにしてくるけど、教室に戻ってくるなり大丈夫だと作り笑いすらできなくなっていた。
今すぐにでもどこか一人きりで閉じこもりたい。
制服に着替え終えると、すぐに私は鞄を持った。
池田さんが「ほんまに平気なん?」と訊ねてくるのを私は「ええ」と言って。

けれど、昇降口付近で私はびくりと立ち止まった。さっきの三人組がいたからだった。
今はどうしても顔を合わせたくない人たちで、私はとっさに回れ右をすると、
「ちょっとトイレいってくるわ!」と驚く池田さんをおいて廊下を走るようにして歩いた。


108:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:03:28.84 ID:p8Zak/2y0

こわい。
また嫌われてしまう。一旦考え出すともう止まらない。いっそ、消えてしまいたい。

歩くことすら嫌になって、私は階段付近の非常扉の横にへたりこんだ。
どうせここは学校で、逃げたって意味がないことを思い出したから。
そもそも、私はなにから逃げてるっていうのだろう。それすらもわからなくなってくる。
放課後の校舎に残っている人はほとんどいなくてよかったと思った。

池田さん、どうしたかしら。
あの子のことだから私を律儀に待ってくれているだろうけど。
でも今のまま戻って顔を合わせるなんてできるはずもなくて。


110:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:04:14.02 ID:p8Zak/2y0

だから。
「あ、綾乃こんなとこにいた」
そう言って私の目の前に現れたこの人の能天気そうな顔を見て、少しだけ安堵したのかもしれない。

「歳納、さん……」
「綾乃はいつになったら京子って呼んでくれるんだよー」
「そ、それは……」
「そういえばこんなとこでなにしてんの?もしかしてお腹痛いとか?先生呼んできたほうがいい?」

質問攻めにされ、私は答える機会を逃して声が途切れると無言で首を振った。
歳納さんはそれ以上なにも聞いてこず、「ふーん」と言ったっきり。私の隣に並んだ。


111:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:04:51.96 ID:p8Zak/2y0

「歳納さん?」
「さっきの綾乃、すごいかっこよかったよ」

言われた言葉に、私は一瞬息が詰まりそうになった。

「なに言って……」
「なんかこう、正義の味方っぽくてミラクるんも顔負けー、みたいな」

正義の味方。
違う。私は。私はきっと、そんないいように思われない。正義の味方なんて所詮空想だもの。

本当は……。


113:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:05:55.20 ID:p8Zak/2y0

「本当は、あなただっていい子ぶっちゃってとかウザいとか思ってるんでしょ!」

気が付いたら、そんな言葉が飛び出していた。
隣に立っていた歳納さんが「なんで?」と不思議そうに首を傾げた。

「綾乃間違ったこと言ってなかったじゃん」
「だとしても……!」

正しいだけじゃ、だめなのだと。
歳を重ねるごとに気付いてきた。


115:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:07:11.63 ID:p8Zak/2y0

それなのに歳納さんは。

「ああやってはっきり言える人って中々いないし。まさか綾乃があんなふうに言うなんて
 思わなくてびっくりした。さすがの私でもできないな!」

「……でも、いいようにとらえない人だって」

「綾乃はそれを気にしてるの?」

「あ、当たり前じゃない!」

「でもそういう人たち気にしてちゃキリがないんじゃない?だって綾乃はなにも悪いこと
 してないじゃん。胸張っとけばいいんだよハトみたいに」

「ハトはちょっと……」


117:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:07:48.06 ID:p8Zak/2y0







「少なくとも、私はさっきみたいなまっすぐな綾乃好きだよ」








120:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:10:37.57 ID:p8Zak/2y0

目と目が合って、すぐに逸らされた。
歳納さんもずるずると座り込んで、「ああ、今のはちょっとくさすぎたかも」と私に背を向ける。
その丸まった背中を見ながら、私は自分の体温も心拍数も、じわじわと上昇して行くのを感じていた。
苦手だったはずのその人の言葉を、私はたぶん、この十三年間の中で一番、嬉しいと思った。

さっきまでの不安だったものは全部、魔法みたいに消え去っていた。
私はこんなに単純だったかしら。
そう思いながら。


121:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:11:20.06 ID:p8Zak/2y0

「あの……」
「ん?」
「あんな私でいて、いいの?」

振り向いた歳納さんは「当たり前だって!」
明るい笑顔で私を肯定してくれた。
たぶん、私ははじめて、この人と仲良くなれたら嬉しいと思った。
差し込んでいた夕日が、やけに眩しかった。


123:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:12:32.63 ID:p8Zak/2y0

下校時刻を知らせるチャイムが鳴る。
「あ、そういえばジャージ返そうと思って綾乃探しにきたんだった。千歳も玄関のとこで待ってたし、帰ろ」
歳納さんが立ち上がって、先に歩き出す。

「え、ええ……」

私も慌ててそれに続き、それからふと立ち止まると。
「と、としのっ……京子!」
呼びかけようとして、でもすぐには「京子」なんて言えなくて、そんな呼び方。


125:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:13:37.88 ID:p8Zak/2y0

「えっ、フルネーム呼び!?」

驚いたあとすぐに、私が噛んだとわかったのかぷくくっと笑い出した。
わ、笑うことないじゃない!
こういうところが、気に入らない。むっとして、もう一度呼んでやった。

「歳納、京子!」

まだ、抜け切れない、けど。

「あ、ありがとね!」

ずっと言えなかった、お礼の言葉。
これで少しはあなたに近付けるかしら。


127:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:14:25.76 ID:p8Zak/2y0



翌日の放課後、私は池田さんと一緒に生徒会室を訪れていた。
生徒会に入るのは意外と簡単で、少し拍子抜けした。
けれど私たちの学年でははじめての生徒会希望者らしくて、いっぱい歓迎してもらえて嬉しかった。

「はあ、緊張したわ……」

生徒会室を出たあとすぐに、私は大きく息をついた。
緊張のしすぎで、手汗がひどい。


132:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:19:46.56 ID:p8Zak/2y0

「でも松本先輩もいはって手続きとか色々教えてくれはったし良かったやん」
「そうね……けど池田さん」
「同じ生徒会メンバーなんやから、千歳でええよ」

にこにこと言われ、私は「そのことなんだけど」と池田さんに向き直った。

「本当に、よかったの?生徒会。もしかして私に付き合って……」
「うちは杉浦さんみたいな友達と一緒やったらなんでも楽しいやろうなあって思うから」

そうにっこりと笑われてしまえば、それ以上なにも言う気は起きない。
だからこくんと頷くほかはなかった。


134:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/09/23(日) 18:21:19.06 ID:p8Zak/2y0

色々と波立っていた心がすうっと引いていくみたいに思えた。
この子の笑顔は、私を安心させる力でもあるのかもしれない。
友達になってからずっと、どんな私を見ても池田さんは変わらず傍にいてくれる。
昨日だって、戻ってきた私の顔を見て怒らずに「良かった」と笑ってくれて。

根拠もなく、この子と一緒なら私は大丈夫かもしれないと思った。

「……綾乃」
「うん?」
「私も、その……綾乃でいいわ千歳」

私が言うと、池田さん――千歳は、「綾乃ちゃん」
とても嬉しそうに目を細め笑ってくれた。

「綾乃ちゃん、これから一緒に頑張ろな」
「ええ。よろしくね、千歳」

私の臆病な仮面に手を振って、昔の私におかえりなさい。
そして、新しくて私らしい毎日のスタートだ。




終わり


関連記事

■コメント

 [名無しさん]

ケンカした3人は昇降口で謝罪してくるのかと思った(中並感)

 [名無しさん]

そういえばバデレの人かこの人
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