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沙英「また明日も、さ」

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1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 20:30:49.44 ID:Tez9u61v0

部屋を出ると、冷たい夜の空気が私を包んだ。

うう、すぐそこまでと思って出てきたけど、上着着てくるんだったなあ。

けれど今部屋に戻ったって、今度は逆に出られなくなってしまうだろう。
どうせ気分転換ついでにすぐそこまで温かいコーヒーでも買いにいくだけだ。
ちょうど破裂しそうな頭を冷却するためにもこのくらいの寒さがいいのかもしれない。

そう思いながら足早に歩き始める。
ゆのや宮子はもう眠っているだろうか。もし起きてるならなにか買ってこうかな。
ヒロにもなにか――

「……あ」

ふと、立ち止まった。
見えてきた自販機。その前で、寒そうに縮こまっているその姿は、間違いなくヒロだった。


2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 20:32:31.25 ID:Tez9u61v0

「ヒロ!」

外灯のチラチラとした光を抜けて、駆け寄る。
ヒロも私に気付いたのか、驚いたような顔をして「沙英、どうしたの?」と振り向いた。

「私は、原稿進まなくって……それでちょっと歩いたら気分転換になるかなって思ってさ」
「やっぱりお仕事してたのね。沙英、誘おうかなって思ったんだけどお仕事してるなら悪いかなって」
「別に誘ってくれてよかったのに」
「ふふっ、そうもいかないわよ」

ヒロがほんわかと笑う。
その手にはペットボトルのお茶があった。


3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 20:34:21.28 ID:Tez9u61v0

「ヒロは?どうしたの?」
「私は、お茶っ葉切らしちゃってて……」
「珍しいね、ヒロが切らすなんて」
「どういう意味よう」

ヒロの追及に笑って誤魔化しながら、私も自販機の前に立った。
「なにか買うの?」と訊ねてくるヒロに「うん、コーヒー」と答えてポケットから出した小銭を押し入れる。
寒いせいか、手が悴んで少し手間取った。ボタンを押すと、静かな空間にガシャンと缶コーヒーの落ちる音がした。


4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 20:35:12.77 ID:Tez9u61v0

「あったかーい」

取り出した缶コーヒーは熱いくらいで、凍えた身体にはちょうど良かった。
ヒロも「ほんとうね」と自分のもつペットボトルに頬を押し当てた。

「今夜は寒いね」
「そうね。もう冬なのよね」
「ずっと暑かったから気付かなかった」
「紅葉だってまだのはずなのに」

自販機の前で、私たちはそう言い合った。
なんとなく、まだひだまり荘には戻りたくなかった。


5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 20:36:40.79 ID:Tez9u61v0

「沙英、寒くない?」
「ちょっと寒いかも。ヒロは?平気?」
「私もちょっと寒いかな。でもきっと沙英よりはマシね」

近くにあったベンチに腰掛ける。
ひんやりとした感触に思わずぶるっと身体が震えた。

ヒロが言った通り、私の恰好は部屋着そのものだったから寒さには強くない。
やっぱり一度部屋に戻って上着着てくるんだったな。
今さら後悔したって遅いことを知りつつも、私はひそかにそう思って溜め息をつきたくなった。


6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 20:37:47.62 ID:Tez9u61v0

まあそれでも。
部屋に戻ったらこうしてここでヒロと会うこともなかったかもしれないから、良かったのかな。

そんなことを、考えたとき、ふと隣のぬくもりが近くなった。
ヒロがいつもより私のほうに身体を寄せながら、「こうしたら少しは寒くない?」と微笑む。
そんなヒロを見て、私はなんだかゆるやかに頭の熱が上がっていくのを感じながら「そうかも」と頷く。

ヒロの体温は、どんな寒さでも平気だと思えるくらいに優しかった。


7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 20:38:53.49 ID:Tez9u61v0

いつのまにか肩に入っていた力も、すうっと抜けていく。

「なんか、新鮮かも」

缶コーヒーのプルタブに力をいれながら、私は呟いた。
そんなに時間は経っていないはずなのに、さっきの熱さはどこへいったのか、今は生ぬるい。
プシュッと音をたて、コーヒーの香りがただよってくる。

「新鮮って?」

ヒロがそれに視線を向けながら、訊ねてくる。
私は「うーん」と唸りつつ、コーヒーを喉に流し込む。

「なんていうのかな、ヒロとこんな時間にこんなところで、こうしてるの」


8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 20:39:58.52 ID:Tez9u61v0

うん、うまくは言えないんだけど。
いつもとは違うふうな気がして、見てる景色だって、同じはずなのに。

「たしかに、そうかもしれないわね」
「こんな時間に出歩くことなんて滅多にないしね」

メガネのレンズに映るヒロの姿だって。
ほのかな光に照らされたヒロの横顔は、いつも感じているよりずうっともっと、大人に見えた。


11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 20:42:03.32 ID:Tez9u61v0

「なあに?」
「な、なんでもない」

私がじっと見つめていたことに気付いたのか、ヒロがいたずらっぽい目をして私を覗き込んでくる。
慌てて逸らした視線をどこへやったものかと迷いつつ、コーヒーをぐいっと飲み込んだ。
「うぐっ」
飲み込んですぐに、あまりに唐突だったせいか咳き込みそうになる。

「だ、大丈夫?」
「うん、平気平気……」


16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 20:48:44.28 ID:Tez9u61v0

ギリギリ吐き出さずには済んだ。
ヒロが「そんなに慌てるから」と笑いを堪えながら背中をさすってくれる。

「ヒロ、手冷たくない?」
「そう?お茶ももうだいぶぬるくなってきたから……」
「飲まないの?」
「帰って飲むつもりだったから」

横に置いたペットボトルは、開けられていない。
「あ、ごめん……」と私は慌てて立ち上がる。

「引き止めちゃったよね、私」


17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 20:56:12.30 ID:Tez9u61v0

「いいのに」
「ううん、私も凍えそうになってきたからさ、帰ろう」

ヒロはすぐに帰るつもりだったのに、この寒い中、私と一緒にいてくれた。
「いいのに」と言ったヒロの顔を見て、もしかしたらヒロも、帰りたくないと思ってたのかななんてことを思って。
けれど、なににしてもこのままここにいたって二人して風邪を引くだけだろう。

本当は少し名残惜しい気がする。
それでも頭だってだいぶ晴れた。

「……そうね、帰りましょうか」

ヒロがゆっくり立ち上がる。
私は冷たくなり始めた缶コーヒーを飲み干した。


18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 21:00:20.79 ID:Tez9u61v0

帰り道は、お互い静かだった。
ひだまり荘まですぐのはずなのに、どこかもっと遠くにあるような気がしたし、けれどいざ着いてしまうとあまりにも短いような気もした。

「それじゃあ沙英、風邪引かないようにね」
「う、うん。ヒロもね」

ごめんね、つき合わせちゃって。
なにか言いたくて、けれどそうじゃない気もして、言葉が中々出てこなかった。
こんなんじゃ、原稿だって仕上がらないに決まっている。

「おやすみなさい」

そう言ってヒロが自分の部屋へ戻っていこうとする。
その背中を見て。
私の腕は勝手にヒロにすがっていた。


19:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 21:03:53.78 ID:Tez9u61v0

「ヒロ、待って!」
「沙英?」

ゆのや宮子はもう眠っているのだろう。
しんと静かで。
ヒロが、驚いたように私を見た。

自分でも、信じられないくらいに顔に熱が上ってきているのを感じていた。

「あ、あのさ……」

――今日、泊めてくれない?
ただ、それを言うだけなのに。


20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 21:08:26.86 ID:Tez9u61v0

「沙英?」
「ヒ、ヒロ、あの」

ああもう、なに迷ってるんだ私は!
頭をかきむしりたくなったとき。

「沙英、私の部屋、来る?」

ぱっと顔をあげると、ヒロの優しい視線につかまった。
それでもう上がらないと思っていた熱がもっと上昇していくみたいだった。

「……ん、行く」

なんだかいたたまれない気持ちになって、私はヒロから目を逸らして頷いた。
ヒロの左腕を掴んでいた私の手に反対の手を重ねて、ヒロが「どうぞ」と笑った。


21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 21:16:55.39 ID:Tez9u61v0



「なにか飲む?あ、とは言っても今はさっきのお茶しかないんだけど……」
「うん、それでいいよ」

お風呂まで貸してもらって、ようやく落ち着く。
ヒロと一緒に入るのは最初は少し抵抗があったけど、今はそれもいい思い出。
もちろん今だって慣れているわけではないけど。

「はい、どうぞ」
「ありがと」

ペットボトルから注いだお茶を手渡され、ヒロが私の隣に座る。
さっきお風呂に入ったばかりだからか、シャンプーのいい匂いがした。
私も、同じ匂いに身を包まれているのだと思うと少しこそばゆいような、嬉しいような心地がした。


22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 21:22:29.06 ID:Tez9u61v0

「そういえば、ヒロの部屋泊まるのって久し振りじゃない?」

自分の考えを誤魔化すみたいに私はお茶を一気に飲み干し言った。
ヒロがおかわりのお茶をいれてくれながら、「そういえばそうね」と首を傾げる。
テレビはついていない。
外とはまた別の静かな空間が広がっていた。

「そういえばこの間のデッサンの宿題、どう?」
「うーん、イマイチかな。中々うまいこといかなくてさ」
「私もー」

ぼそぼそと、どうでもいいような、そうでもないような会話を交わす。
こんな瞬間が、時々ひどくあたたかく感じる。


23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 21:25:24.00 ID:Tez9u61v0

「明日も学校だし、そろそろ寝ましょうか」とヒロが言ったのは、二人で話し始めてから一時間ほど経ったあとくらいだった。

「あ、ほんとだ。もうこんな時間」
「早いわよね」
「ごめんねヒロ。突然……」
「それはいいの。それより沙英、お仕事はよかったの?」

立ち上がると、ヒロがコップの片づけをしながら私を見た。
私は「まあ、うん」と曖昧に頷いた。


25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 21:30:25.55 ID:Tez9u61v0

部屋に残してきた続きの真っ白な原稿用紙を思い出す。
いくらひねってもひねっても、いいものなんて浮かんでこなかった。
それで逃げ出すように部屋を出て、ヒロに会って、ヒロの優しさに頼るみたいに今私はここにいた。

「次の締め切り、いつだっけ」
「んーと……来週、かな?」

もごもごと答えて、私は先にヒロのベッドに入り込んだ。
ヒロがなにか言いかけたのがわかったけれど、気付かない振りをした。

書けないものは、書けないのだ。
そうヒロに、なにより自分に言い訳をして。


26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 21:33:38.18 ID:Tez9u61v0

今の私は、いわゆるスランプ状態だった。
どうやって抜け出せばいいのだろうということばかり考えていて一向に先へ進めない。

「……」

吐いた溜め息は、ヒロの布団の中に閉じ込める。
洗い物をしていた音が止んで、ヒロの足音が近付いてくる。

「さーえ」

バッと布団をめくられた。
髪をおろしたヒロが、私の隣にもぐりこんでくる。
私は少し気まずい気がして、ヒロに背を向けた。


27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 21:38:52.31 ID:Tez9u61v0

「さーえ」

もう一度ヒロが言った。
それから背中に、さっき感じたのと同じヒロのぬくもりを感じた。

「ヒロ……」
「沙英、焦ってる?」

ドキリとする。
どうして、とたずねると、「だって沙英、最近毎日眠るの早いんだもの」

「え、なにそれ」
「締め切り前になると沙英って大抵遅くまで起きてるじゃない」
「うっ……」


29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 21:45:02.30 ID:Tez9u61v0

ヒロにはなんでもお見通しらしい。
私は「書けない?」と訊ねてくるヒロにこくりと頷いた。

「正直、かなり焦ってる、と思う。締め切りに追われてるっていうのもあるけど、なんていうのかな。
 私のなんかでいいのかなとか、たまに色々考え込んじゃって」

そして、いつのまにかぽつりぽつりと私は心の中を吐露していた。
ヒロに触れられていると、積もっていた疲れやストレスが全て消えていってしまう気がする。
ヒロのぬくもりは、特別なのだと、今さら、そんなことを感じて。

「沙英の小説だから好きだっていう人は、きっと沢山いると思うわ。私だってそうだから」
「……うん」
「もしそんな人がいなかったとしても、私だけはずっと好き」


30:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 21:51:12.11 ID:Tez9u61v0

くすぐったいヒロの声が耳元でする。

「だから……」
「……ヒロ?」
「……こ、こっち見ないで」

ふとヒロの声が止まる。
私が振り向きかけると、そんなヒロの制止の声。
けど、ヒロが止めてくれてよかったと思う。
一瞬見えたヒロの顔が真っ赤だったみたいに、きっと私の顔だって負けず劣らずゆでダコみたいだったろうから。


31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 21:54:39.26 ID:Tez9u61v0

「で、電気消すわね」
「うん……」

ヒロが私からはなれて、がさがさと音がするうちに部屋が真っ暗になる。
ベッドにヒロが戻ってくると、またふわっとヒロの匂いが香った。

甘くて優しい、ヒロの。

「沙英」
「うん……?」
「……ううん」

なんでもない、と小さな声。
真っ暗になって、ようやく顔の熱が引いてくれると、私はそっと背後を振り返った。
ヒロの丸い背中が見える。


33:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 21:57:14.70 ID:Tez9u61v0

突然、その背中に触れたくなった。
そっと手を伸ばして、腕をヒロの胸にまわした。
ヒロの身体がすっぽり私の腕の中におさまる。

「さ、沙英?どうしたの?」
「ううん、なんでもない」

せっかく引いた顔の熱がまたぶり返してくる。
けれどこの暗さじゃ、きっとヒロには見えないからまあいっか。

「ヒロ、ありがと」
「……うん」

なにが、とは聞かない。
だから私も言わない。
それでも伝わっているはずだと思った。


35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/14(水) 22:04:47.28 ID:Tez9u61v0

「寒い日、こうやって寝たらちょうど良さそう」
「どういうこと?」
「ヒロあったかいから、コタツみたいでさ」
「それって褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」

少しふくれたようなヒロの声に笑いながら、私は「おやすみ」と目を閉じる。
「おやすみなさい」とヒロの声が返って来た。

ねえ、ヒロ。
また明日も、さ。

言いかけて、やめた。
明日はきっと一日原稿三昧だ。
でもその次の日は。

ううん、違う。きっといつまでだって。

こうしてヒロのぬくもりを感じていたい、なんて。
私は眠りの底におちかけながら、そう思った。




終わり


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 [名無しさん]

ひだまりSSとはなんて珍しいのかしら

 [名無しさん]

いい物を読めた。作者さん乙です¥

 [名無もり]

ひだまりもけいおんやゆるゆりみたいにこういうSSが増えてもいいと思うなぁ
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