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向日葵「もう、私がいなくても平気ですわね」

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2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:03:03.60 ID:sisJXbsWo




      『お願い Catch me』


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3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:06:08.00 ID:sisJXbsWo

 夏が過ぎて、秋の気配も色濃くなってきた頃。

 暑さが和らぎ、冬の寒さがやってくる前の過ごしやすい季節を謳歌する一般生徒とは対照的に、ごく一部では張り詰めた糸のような空気が生まれていた。



“告知 生徒会役員選挙”



 廊下に掲示されたポスターを前に、にらみ合う生徒が二人。

 大室櫻子と、古谷向日葵だった。

「とうとう……」

「この時がやってきましたわね……」


4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:06:55.94 ID:sisJXbsWo

 何を隠そう、入学からずっと次期副会長の座を巡って争ってきた二人である。

 ついにやってきたこの選挙は、彼女らにとって宿命の対決といっていいだろう。

「向日葵、立候補を取りやめるなら、まだ間に合うんじゃない?」

「聞き捨てなりませんわね。どうして私がそんなことしなくてはなりませんの?」

「私が勝つからに決まってんじゃん」

 堂々と、ない胸を張る櫻子。

 予想と寸分違わない反応に、呆れ気味にため息をつく向日葵。

「本っ当に、その自信がどこから湧いてくるのか教えてほしいですわ……」


5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:08:10.87 ID:sisJXbsWo

 何かと突っかかってくる櫻子が、根拠のない自信に満ちているのは、いつものことである。

 だから今回も、どうせ言葉に詰まって怒り始めるのだろうと思っていた──────が。

「だって私、向日葵より友達多いし」

「うっ……」

 思わぬ反撃に、言葉を詰まらせる向日葵。

 しかもそれが適当に口にしたわけではなく、向日葵自身も認める、弱点を突いたものだったから、反論に窮する。

「選挙って、要するに人気投票みたいなものじゃん? そうしたら、友達多い私のほうが有利でしょ」

「それは……間違いではありませんけど……」

「なら私の勝ちだし!」

「くっ!」


6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:08:59.03 ID:sisJXbsWo

 櫻子にしては、極めて真っ当な正論である。

 比較的真面目な校風であるとはいえ、七森中は特別生徒会活動に関心のある生徒が多いわけではない。

 そうなると、役員選挙も、実績などよりも本人の知名度や人柄が大きく影響してくるのは仕方のないことだった。

「そ、それでも……まだ演説会がありますわ! 櫻子だって、先輩方にまでは顔が利かないでしょう!?」

 知名度という点で言えば、同学年はともかく、二年生以上の学年ではほぼ対等である。

 そういった上級生にアピールできるのは、実質投票前の演説会だと言っていい。

 そこでならば、向日葵は櫻子に勝てる自信が十分にあった。

 しかし、櫻子は余裕の態度を崩さない。


7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:09:45.14 ID:sisJXbsWo

「でもさ、演説がそんなに重要なんだったらさ」

「な、なんですの……?」

「今の会長、当選してないんじゃない?」

 今度こそ絶句する向日葵。

 現生徒会長──────松本りせが果たしてどういう演説をして、生徒会長になったのか、彼女らは知らない。

 しかし、これだけは言える。

「か、会長が演説してる姿そのものが浮かびませんわ……!」

 向日葵の脳裏に浮かんだのは、演説の持ち時間いっぱい、壇上で立ち尽くすりせの姿だった。

 ──────いや、りせにしてみれば、一応なにかしゃべっているつもりなのかもしれないが、それを聞き取れる人間は知る限りでは西垣先生以外にいない。

 困惑する全校生徒のビジョンが、ありありと浮かんでくる。


8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:10:55.05 ID:sisJXbsWo

「それでも会長になれたんだから、演説なんて大して大事じゃないってことだ!」

「ぐうぅ……!」

 まさか向日葵が、櫻子に言い負かされる日がこようとは。

 そこに櫻子がさらなる追撃を加える。

「あとさ、先輩たちに聞いたんだけど、投票って名前書いてある紙に○付けるらしいじゃん?」

「それがどうしたと……あ、あぁっ!!」

 投票形式がどう関係するのかと思った向日葵だったが、言いかけて途中で気づく。

「そ、それってもしかして……」

「……あいうえお順なら、“ふ”るたにより、“お”おむろのほうが先だよね」

「…………!!」


9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:11:45.81 ID:sisJXbsWo

 崩れ落ちる向日葵と、勝ち誇る櫻子。

 特に関心のない投票やアンケートに○を付ける場合、一番最初に書いてあると○が付きやすい。

 これは、統計的にも証明されている。

 難しく考えなくても、当たり前の話ではあるが。

「さあ向日葵! 大人しく負けを認めろ!」

「わ……私が負ける……」

 膝を突き、私が負ける、櫻子に負ける、とぶつぶつ呟いていた向日葵だったが、やがてすっと立ち上がった。

 おやっと思った櫻子がその顔色を窺うと、予想とは異なり、晴れやかな表情だった。


10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:13:08.17 ID:sisJXbsWo

「……よく考えたら櫻子の予想ですし、真に受ける必要ありませんでしたわ」

「なんだとー!?」

 珍しく向日葵を論破したと思えば、“櫻子だから”という理由であっさり全否定された。

 論理性のかけらもない、もはや現実逃避の域だが、妙に説得力のある台詞である。

「ど、どうやら完全決着つけたいみたいだね向日葵……!」

「櫻子こそ……選挙前から心理戦とは、よほど私と勝負をしたくないみたいですわね……!」

「負けて泣いても知らないからね……」

「こっちの台詞ですわ……」


11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:13:52.38 ID:sisJXbsWo

 ぶつかる視線。

 飛び散る火花。

 避ける生徒。

 いつもの光景だった。

 これまでずっと繰り返してきた、同じような争い。

 しかし、その決着も、もう間もなくに迫っている。

 一週間後、生徒会役員選挙投票・開票日。

 果たしてその結果は──────


12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:14:36.59 ID:sisJXbsWo

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13:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:15:17.43 ID:sisJXbsWo




『生徒会副会長 大室櫻子』


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14:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:16:09.89 ID:sisJXbsWo

 投票結果が伝えられた立候補者二人の反応は、対称的だった。

「やったぁー!! 向日葵に勝ったー!!」

 満面の笑みで、諸手を上げて喜ぶ櫻子。

 対する向日葵は──────得票数の書かれた紙をじっと見つめて、ひたすらに無言だった。

「ほらね! やっぱり私の予想当たってたし!」

 はしゃぐ櫻子の隣で、向日葵は悔しがるでもなく、怒るでもなく、ただ静かに黙り込んでいる。

 やがてそれに気づいたのか、櫻子がきょとんとして向日葵の顔を覗き込む。

「向日葵ー? どれだけ見ても私の勝ちだよ?」


15:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:16:56.55 ID:sisJXbsWo

 真剣な眼差しで紙を見つめ続けている向日葵。

 そして櫻子の言葉から数瞬遅れて、呟いた。

「そうですわね」

 あまりにもそっけない台詞に、櫻子は拍子抜けした顔になった。

「……向日葵、悔しくないの?」

「……………………」

 櫻子に言われて、初めて気づいたという風に、向日葵は考え込んだ。

 そして同じようにそっけなく、

「悔しい、ですわね」

 とてもそうは思えない調子で、言った。

 もっと本気で悔しがるだろうと思っていた櫻子は、その様子に当惑してしまう。


16:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:17:48.80 ID:sisJXbsWo

(向日葵どうしたんだ……? 泣きたいけど我慢してるのかな)

 とは思ってみるものの、そういうようにも見えない。

 その姿は、一心になにかを考えている風に思えた。

「あ、大室さん……と、古谷さん……」

 櫻子が首を傾げていると、そこへ綾乃と千歳がやってきた。

 二人は、櫻子と向日葵を見比べて微妙な顔をしている。

「えっと……大室さん、当選おめでとうね」

「あ、はいっ! ありがとうございます」

「古谷さんも、その、残念だったけど……」

「いえ……」

 綾乃に声をかけられると、ようやく向日葵も無表情を崩して微笑んでみせた。


17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:18:43.41 ID:sisJXbsWo

「お気遣いありがとうございます。それより杉浦先輩も、生徒会長当選おめでとうございます」

「あ、ありがと……まあ、信任投票だったけどねっ」

 それでも綾乃は顔を赤くして、照れくさそうにしている。

 信任投票だったとはいえ、ほぼ全生徒の支持を得られたというのが、その大きな理由だろう。

「よかったなぁ、綾乃ちゃん。一年間の活動を、ちゃんと認めてもらえたってことやもんなぁ」

「そんな……適当に丸つけただけの人だって多いだろうし……」

「いいえ、杉浦先輩の実力ですわ。謙遜なんてしなくても」

「もう、古谷さんまで……!」

 褒められたときでもつい否定してしまうのが綾乃らしいとも言えるが、その表情は終始嬉しさを隠せないでいた。

 対して、やや不満げなのは櫻子である。

(ちぇっ……向日葵のやつ、余裕ぶっちゃって……)


18:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:19:47.75 ID:sisJXbsWo

 泣きながら悔しがる向日葵を前に、当選を自慢してやろうと考えていた櫻子には、これは大いに不満な展開だった。

 勝利の余韻とか、達成感とか、そういったものがなにもないではないか。

 思わずイラッとした櫻子は、綾乃たちと話し続ける向日葵の背に叫んだ。

「コラ向日葵ーっ! 先輩の当選だけ祝福とか何事だー!!」

「はぁ?」

 突然の大声に、三人の視線が櫻子に集まる。

 ふん、と胸を張る櫻子。

 さあ、先輩たちの前で、屈辱に塗れながら私を褒め称えるがいい。

 櫻子がそんな風に思っていると、

「……そうでしたわね」

「あ?」


19:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:20:33.77 ID:sisJXbsWo

 向日葵がそっと指を伸ばし、櫻子の額をつつく。

「おめでとうですわ、櫻子。私に勝ったからには、きちんと副会長の仕事をするんですのよ?」

「お、おう……?」

 またもや予想外の反応。

 本当に目の前の人間は、いつも副会長の座を巡って争ってきた、あの向日葵なのだろうか?

 櫻子は段々と当惑を通り越して、心配になってきた。

「ひ、向日葵……?」

「なんですの?」

 なにかがおかしい。

 ひとつ、本物の向日葵かどうか確かめる方法は──────


20:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:21:31.15 ID:sisJXbsWo

「……向日葵っ」

「だから、さっきからなんですの?」

 櫻子は、大きく息を吸い込んで、言った。



「どんだけおっぱい増量しようが、私に勝てないってわかったか!!」



 吸い込んだ息は、腹への膝蹴りですべて搾り出す羽目になった。


21:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:22:35.76 ID:sisJXbsWo

「いてて……なんだよ、いつもの向日葵じゃん……」

 蹴られた腹を押さえながら、櫻子は廊下を歩く。

 先ほどの反応で、向日葵まさかの別人説は否定されたものの、しかしそれでも疑問は残る。

「向日葵どうしたのかな……あいつのほうが先に“生徒会副会長目指しますわ!”とか言ってたのに」

 入学したての頃、生徒会に入ると言っていた向日葵につられる形で、櫻子も生徒会に参加したのだ。

 そのときは、特に考えがあったわけではない。

 向日葵が入ったから、自分も入る。

 他人に理由を尋ねられれば色々と答えるだろうが、根本的には、ただそれだけのことだ。

 それは櫻子にとっては当たり前のことでしかなくて、疑問を覚える余地などはない。


22:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:23:42.41 ID:sisJXbsWo

 だから生徒会に入るのは当然。

 副会長を目指すのは当然。

 向日葵がそうするから。

 向日葵が。



 ──────その向日葵が落選した。



 当選したのは? もちろん、自分だ。

 向日葵が落選して、自分が当選した。

 それだけ。


23:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:24:24.94 ID:sisJXbsWo

(…………あれ?)

 そこまで考えが至って、なにか違和感を覚える。

 なにかがおかしい。

 なにかが違う。

「私が当選したから、向日葵は落選して……ってことは」

 自分が副会長になって。

 向日葵はなれないということ。

 私と向日葵は“違う”ということ。

「あれ……? そういうことなの……?」


24:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:25:46.34 ID:sisJXbsWo

 他の誰かが聞けば、どうして今さらそんな当たり前のことをと思っただろう。

 しかし、櫻子は今、ようやくそれを理解した。

 もう向日葵と副会長の座を巡って争うことはない。

 自分が副会長になって、だから自分の勝ち。

 決着。

「……………………」

 ぼんやりとした頭で、そんなことを思う。

 向日葵に勝った。

 そんなことを反芻してみても、なにも感じない。

 当選を知ったときの自分は、いったいなにをそんなに喜んでいたのか。


25:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:26:35.67 ID:sisJXbsWo

 向日葵がじっと見ていた、得票数の書かれた紙をポケットから取り出して、見直してみる。

 櫻子と向日葵の名前が隣り合って並んでいて、櫻子のほうには“当選”の二文字が打ち込まれている。

 二人の得票数を比べると、その差はごく僅かでしかなかった。

 ほんの少しの差が、二人に違いを生んだ。

(あれ?)

 どんどん、櫻子の胸に疑問が湧いてくる。

(私、副会長になってなにがしたかったんだっけ……?)

 誰に尋ねても、その答えが返ってくるはずはない。

 自分自身ですら考えていなかったことなのだから。


26:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:27:24.77 ID:sisJXbsWo

(私、なんで副会長になろうと思ったんだっけ?)

 浮かぶのは向日葵の顔。

 いつものように、あいつの背中を追っていたら、ここまで来ていた。

(私、副会長になってなにをすればいいの?)

 それは、これから知ることになる。

 櫻子は、もう副会長になったのだから。



“私に勝ったからには、きちんと副会長の仕事をするんですのよ?”



「え?」

 至った結論。


27:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:27:58.01 ID:sisJXbsWo




「じゃあ、向日葵は……?」


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28:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:28:31.39 ID:sisJXbsWo

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29:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:29:19.64 ID:sisJXbsWo

 なんとなく顔を合わせられなくて、その日はそのままひとりで家に帰ってしまった。

 翌朝、当たり前のように向日葵が家に迎えに来たのが、よけいに気まずい。

「昨日はどうしましたの? 一度もうちに来ないなんて」

「……いつも入り浸ってるみたいにゆーな」

「事実でしょう……」

 隣を歩く櫻子が、なにやらむくれているのはわかる。

 しかし、向日葵にはその理由がよくわからない。

 いつの間にか学校からいなくなっていた櫻子を探して歩いたり、帰宅していることに気づいてからは晩ご飯を多めに用意しておいたり、なにかと気を遣っていたのだが、それを正面切って言うほど向日葵も素直ではない。

 なので、不機嫌そうな櫻子を見て困惑はするものの、それ以上には突っ込んで訊ねることもできずにいた。


30:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:30:17.86 ID:sisJXbsWo

 ぶすっとした櫻子の横顔を見ながら、通学路を歩く。

 ひょっとして昨日蹴ったことを怒っているのかとも思ったが、それなら真正面から怒りをぶつけてくるのが、普段の櫻子だ。

 今の櫻子は、怒っているというよりは、なにかに悩んでいるようだ。

 と言っても、櫻子が悩むということ自体が稀なので、それはそれで当惑するのだが。

「……向日葵さ」

 ぼそっとした櫻子の呟きで、はっとわれに返る。

 向日葵とは目を合わせず、どこか躊躇したまま、櫻子は訊ねた。

「これから生徒会の仕事、どうすんの……?」

「え?」

 どうする、と言われても。

 予想していなかった言葉に、向日葵は思ったまま答えるほかなかった。


31:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:31:18.83 ID:sisJXbsWo

「それはまあ、今までと変わらないんじゃありませんの?」

 そう言うと櫻子は、怪訝そうな顔で向日葵の顔を見返した。

「変わらないの?」

「な、なんですの……?」

 櫻子がなにを言いたいのかわからない。

 確かに副会長に落選はしたものの、別に生徒会を辞めるわけでもないのだから。

「ああでも、櫻子が副会長になったんですし……そのフォローに忙しくはなるかもしれませんわね」

 どうせ櫻子のことですから、手伝わないと仕事溜め込むでしょうし。

 と、小ばかにして言ってみたものの、櫻子の反論はない。

 目を吊り上げて怒るだろうと思ったのに、それどころか呆けたような顔で向日葵を見つめている。


32:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:32:32.72 ID:sisJXbsWo

「さ、櫻子……?」

「……そっか」

 なにやらひとり納得した様子で、櫻子がうなずく。

 そして急に顔を綻ばせたかと思うと、べしっと向日葵の肩を叩いた。

「いたっ!」

「なーんだ、いつもどおりかー!」

 ばしばしと肩を叩き続ける櫻子に思わずイラッとするものの、同時に笑顔が戻って一安心する向日葵。

「……なんなんですの、今日のあなた」

「いや、別にぃ? それじゃ、今日から向日葵は私の手伝い専門ね!」

「はぁ!?」

「副会長命令だぞ! ちゃんと仕事しろよなー!」

「このっ……」


33:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:33:08.03 ID:sisJXbsWo

 完全に有頂天になっている櫻子の後頭部を、平手で張り飛ばす。

「調子乗るんじゃありませんわよ!」

 踏ん張る素振りも見せずにびたんと地面に倒れる櫻子。

 しかし、それでもご機嫌な表情は緩まなかった。

「あははははは!!」

「……はぁ」

 わけがわかりませんわ、とひとりごちる向日葵。

 でも、それでも。

 暗い顔をされるくらいなら、こっちのほうがずっとマシだと、心の中では思うのだった。


34:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:33:52.87 ID:sisJXbsWo


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35:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:34:45.84 ID:sisJXbsWo

 その日の放課後は、生徒会役員の引き継ぎが行われた。

 とは言っても、特に顔ぶれが変わるわけではないので、実質は綾乃と櫻子の会長・副会長就任祝いと言っていい。

 ただし、ひとりだけ例外がいる。

「今まで、お疲れ様でした」

 綾乃がそう言って、頭を下げる。

 それにならうように、千歳、櫻子、向日葵も頭を下げた。

 その先にいるのは、松本りせ。

 これまで生徒会長を務めてきた当人である。


36:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:35:47.16 ID:sisJXbsWo

 りせは一礼を返すと、自らの腕章を外して、綾乃に手渡す。

 綾乃は、それを一瞬見つめたあと、大切そうに受け取った。

「……ありがとうございます」

 そのまま手を引こうとすると、りせがその手をつかんだ。

「会長……?」

 りせは首を振る。

「あ……松本、先輩……」

 今度はうなずく。

 この瞬間、松本りせは引退し、新たに杉浦綾乃生徒会長が誕生したのだった。


37:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:36:37.76 ID:sisJXbsWo

 そのままりせは綾乃の手を握ると、その顔を見てなにか呟いた。

「……………………」

「……えっと?」

 いつものように聞き取れなかった綾乃は、困ったように隣に目を向ける。

 そこには、唯一りせの話を聞き取れる西垣先生が立っていた。

 なにかと生徒会室に入り浸っていて、りせとも仲が良かった彼女は、この場に立ち会っていたのである。

「あの……」

「うん?」

 できれば通訳を、と願いを込めて見たつもりだが、西垣先生は首を傾げて微笑むばかりで、なにも言おうとはしない。

 むしろ、ちゃんと前を向けと促しているようでもあった。


38:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:37:33.98 ID:sisJXbsWo

(そういえば)

 視線を戻して、りせの顔を、しっかりと見る。

(会長と、しっかり話をしたこと、なかったかも)

 綾乃が生徒会に入った頃から、りせは西垣先生を除き誰とも会話が成立しない人だった。

 だから、いつからか会話することそのものを諦めていたような気がする。

 なんとなくそれを申し訳なく思って、改めて彼女の言葉に耳を傾ける。

「……………………」

 多分、同じことを言ったのだろう。

 それでも、聞き取れなかった。

 残念だけど、そういうものなのかもしれない。

 それでも誠意は伝わったと思う。


39:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:38:40.94 ID:sisJXbsWo

 そうして改めて手を引こうと思ったとき。



「がんばってね」



「えっ!?」

 聞き間違いか、と綾乃は思わず自分の耳を疑った。

 振り返り、千歳や後輩たちを見る。

 三人とも、不思議そうな顔をしていた。

 それも会長の言葉に、というわけではなく、突然後ろを振り向いた綾乃の行動に対してのもののようだった。


40:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:40:09.26 ID:sisJXbsWo

(今のは……聞き間違いかしら……?)

 いや。

 そんなはずはない、と思った。

 確かに、聞こえたのだと。

 だから、応えた。

「はい!」

 はっきりと返事をした綾乃に、りせは嬉しそうに微笑んだ。

 綾乃にしたのと同じように、りせは一人一人の手を握り、話しかけていく。

 みんな少し驚き、それから神妙な顔をしてそれを聴いているが、果たして本当に会長の声が届いているのか、それは綾乃にはわからない。


41:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:42:03.79 ID:sisJXbsWo

 そして、最後に残った向日葵。

 彼女の前に立つと、りせは少しだけ表情を引き締めた。

「……………………」

 呟く言葉は、他の誰に対するものよりも長かった。

 やがて、向日葵はひとつうなずき返す。

 りせもそれで満足したように、今度は向日葵の隣へと並んだ。

「杉浦」

「……あっ、はい!」

 りせの動きを目で追っていた綾乃は、最初自分が呼ばれた意味に気づかなかった。

 が、見回せば、りせを含めて全員が自分に注目している。


42:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:42:58.93 ID:sisJXbsWo

 こほんと咳払いをし、話し始める。

「それでは……生徒会規定により、今日から生徒会長になりました、杉浦綾乃です。皆さん、一年間、よろしくお願いします」

 そう言って一礼すると、その場にいた五人から、拍手が送られた。

 照れくさそうにしながら、綾乃は脇に退く。

「さ、大室さん」

「は、はいっ」

 柄にもなく緊張しているのか、櫻子はぎくしゃくとした動きで、前に出る。


43:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:43:47.91 ID:sisJXbsWo

「えーっと、今日から生徒会き……きー……?」

「規定ですわ」

「規定によりっ!」

 向日葵がぼそっと助け舟を出して、櫻子は続ける。

 全員が苦笑したように見えたが、気にしない。

「生徒会副会長の、大室櫻子です! よろしくお願いします!」

 そう言い切って、勢いよく頭を下げる。

 綾乃のときと同じように、全員から拍手が送られた。

 もちろん、ライバルだった向日葵からも。


44:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:44:23.15 ID:sisJXbsWo

「改めて、今日からよろしくね、大室さん」

「任せてくださいっ!」

「調子に乗って先輩方に迷惑かけるんじゃありませんわよ」

「なにをー!」

 早速始まるいつものやり取り。

 どうやらこれからも、今までどおりやっていけそうだ。

 みんなが脱力して笑う中、りせだけが少し寂しそうな、それでいて満足げな表情を浮かべるのだった。


45:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:45:10.97 ID:sisJXbsWo


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46:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:45:54.82 ID:sisJXbsWo

 翌日から、新生生徒会の活動が始まった。

 綾乃のやることは、それほど変わりがない。

 元々無口なりせに代わって生徒会を取り仕切る立場にあったし、十分な経験を積んでもいる。

 補佐役である千歳も、よく綾乃を見ていて、足りないところには先に手を回しておく気遣いができている。

 一方で緊張と混乱が続いているのは櫻子のほうである。

 副会長の仕事は、ただ作業的に仕事をすればいいというものでもない。

 生徒会に上がってくる報告や要望を確認し、それらについて裁量しなければならないのだが、


47:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:47:29.10 ID:sisJXbsWo

「・・・・・・これってどういう意味?」

「ですから、機材の追加購入のために部費の上乗せがほしいということですわ」

「ならあげたらいいんじゃないの?」

「ですから! 本当に必要なのかどうか、購入予定の機材が妥当なのかどうかを確認しなければいけないんですわ」

「めんどっちぃ・・・・・・」

 綾乃の指示に従って動いていればよかったこれまでとは違い、自分で考え、判断していかなければいけない。

 これは櫻子にはまだまだ難しいことだった。

 そのため、向日葵が付きっ切りで助言しながら仕事をしている状態である。


48:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:48:24.95 ID:sisJXbsWo

 これではどちらが本当の副会長なのかわからない、と陰口を叩くような人間はいない。

 手探りながらも、櫻子が真剣に仕事に取り組んでいるのがわかっているからだ。

 ましてや、かつて副会長を務めた綾乃は、そのことがよく身に染みていた。

「大室さん、仕事については私に訊いてもいいからね。最初はわからないことだらけだもの」

「はい、お願いしまーす」

「でも、杉浦先輩も生徒会長の仕事が……」

「こっちは副会長の仕事の延長みたいなものだから。いきなり役職を持つほうが、大変だと思うし」

 そう言われては、向日葵も反論できない。


49:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:49:19.20 ID:sisJXbsWo

 すると、櫻子はここぞとばかりに綾乃に質問を連発する。

「先輩、これは……」

「それは担任の先生たちから聞かないといけないから……学年主任の先生にお願いしておくといいわ」

「じゃ、こっちなんですけど」

「そっちは前にも似たような決裁をしたことがあるから、そこの引き出しを調べてみて。大体同じように対応すればいいと思うわ」

「あと……」

「ちょっと、櫻子!」

 なにもかも質問するばかりの櫻子に痺れを切らし、とうとう向日葵が口を挟む。


50:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:50:05.92 ID:sisJXbsWo

「杉浦先輩のこれまでの仕事を思い出せばわかるものだってあるでしょう? なにもかも人頼みはよくありませんわ」

「えー……」

「大丈夫よ、古谷さん。私は別に……」

「ですけど……」

 正直に言えば、向日葵にとって櫻子の仕事ぶりはもどかしくて仕方のないものだ。

 これまでのおよそ半年間、生徒会の仕事をする中でもっと注意深く書類などをチェックしていれば、会長や副会長の仕事がどんなものなのか、理解できるはずなのである。

 それがわからないということは、櫻子はただ漫然と目の前の仕事を片づけていただけに過ぎないのではないか。

 しかし、歯がゆく思うのと同時に、それが櫻子のやり方であることも頭の隅では理解していた。

 事実として、副会長に当選したのは櫻子なのだから。


51:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:51:14.35 ID:sisJXbsWo

「……いいですわ、なら櫻子の考えるように任せます」

「おー、任せろ。そのうち向日葵になんか頼らなくていいようになってやるから」

「どうだか」

 口ではそう言うものの、櫻子の意気込みがわからないわけではない。

 わからないなりにやる気はあって、解決しようと頑張ってはいるのだ。

(昔からやればできる子でしたものね……)

 勉強の成績などに反映されているわけではないが、櫻子は昔からどこか人を引っ張る力があった。

 だから人気もあるし、嫌う人間もほとんどいない。

 向日葵には始終迷惑をかけているが、それは自分の身内同然に数えているせいもあるだろう。

 つまり自分との差はそういう部分なのだろうと、向日葵は考えていた。


52:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:52:05.78 ID:sisJXbsWo

 勉強や仕事をそつなくこなすからといって、それが周囲からの評価にどれほど影響を与えるのだろうか。

 もちろん教師を初めとして、優秀な生徒としては認識されるだろう。

 しかし、学校という空間において、それは絶対的なステータスではない。

 いや、学校に限ることなく、どんな場面でも、人が頼りにするのはより身近な人間だ。

 他人に好かれやすい人というのは、親しみやすい雰囲気を持っているものだ。


53:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:52:48.30 ID:sisJXbsWo

 他に向日葵が知る中でそういうタイプの人間というと、歳納京子が挙げられるだろう。

 理由はよくわからないが、いつの間にか人の輪の中心にいる。

 少々のミスなどものともせず、多くの人と仲良くなれる。

 天性の才能と言うほかない。

 それに比べれば、私は──────


54:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:53:28.70 ID:sisJXbsWo

「向日葵ー」

 呼ばれてわれに返る。

「な、なんですの?」

「いや、今からあちこち行くから付いてきて」

 見ると、櫻子は何枚か書類を手にしている。

 どうやら、綾乃に確認して、他の人たちに確認が必要な書類を選んで手にしたようだ。

「いいですけど……一人でできませんの?」

「はぁ? 向日葵は私の手伝いするのが当然だろ」

 確かに手伝うと言った覚えはあるが。

 綾乃に目をやると、うなずく。

 どうやら手伝ってこいということらしい。


55:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:54:26.83 ID:sisJXbsWo

「わかりましたわ。また櫻子が間違えないか、ちゃんと見張っておきますから」

「しねーよ! 向日葵は見てるだけで十分だから!」

 そう啖呵を切って、先に歩き出す。

 時折ふと振り返って、向日葵が付いてきているのを確認している。

「なんですの?」

「いや、なんか」

 にやにやと、櫻子が笑う。

「こうやって向日葵を従えてると、副会長になったんだなーって思って」

「調子乗るんじゃねーですわ」

 ひょこひょこと揺れる頭を、小突く。

 それでも、櫻子は妙に上機嫌だった。


56:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:55:16.18 ID:sisJXbsWo

(なんなのかしら、この子……)

 この前はどこか不機嫌そうだった気がするのだが。

 とはいえ、この幼馴染の気分など、長い付き合いの中でも読めたためしがない。

 ただの気まぐれだろうか。

「おい、向日葵!」

「今度はなんですの」

「これから一年間、この調子で私の手伝いするんだぞ!」

 振り返り、びしっと指を突きつけて言う。

 しかも、やたら嬉しそうに。

 なので、こう答えた。


57:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:56:12.44 ID:sisJXbsWo

「嫌ですわ面倒くさい」

「なんだとー!?」

 してやったり、と言いたくなるほど櫻子は驚愕した。

 当然だ、誰がいつまでも素直にはいはい従うものか。

「私に頼らなくていいようになるって、櫻子が言ったんでしょう」

「い、いや……そういう意味じゃ、ないし……」

 自分で言ったことを持ち出されて、途端にトーンダウンする櫻子。

「櫻子は副会長ですものね。そのうちちゃんと仕事も覚えて、私が手伝うようなことなんてなくなるんでしょう?」

 わざと嫌味っぽく言うと、櫻子は途端にムカッとした。


58:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:57:19.16 ID:sisJXbsWo

「……だったらいいし! 私が全部仕事して、向日葵なんて用済みにしてやるから!」

「できるものなら、どうぞ。楽しみですわ」

 反論も平然と受け流すと、櫻子はぐぬぬ、と言葉に詰まった。

 しばらくそうして唸っていたが、やがて背を向けて歩き出す。

「……いいもん。向日葵なんていなくたって平気だし」

「そう」

「そのうち逆に仕事教えてやるから」

「そうですの」

「この仕事やれ、って命令するもん」

「副会長ですものね」

「……………………」


59:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:58:17.81 ID:sisJXbsWo

 沈黙する櫻子。

 心なしか、しょんぼりとして肩を落としているように見える。

 なので、付け足した。

「期待してるのは、本当ですけど」

 櫻子が、どういう意味かうかがうように振り向く。

「なにそれ」

「櫻子が副会長としてちゃんと仕事できるようになるのは、私もよいことだと思いますわ」

 というよりは、と向日葵は続ける。

「私の代わりに副会長になったんですから、みっともない仕事をされては私も恥ずかしいですし」


60:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 18:59:19.26 ID:sisJXbsWo

 しばらく考え込む櫻子。

「えーっと、つまり……」

 向日葵がなにを言いたいのか、よくよく考えてみる。

 期待。

 副会長。

 よいこと。

 割と都合のいいところだけを抜き出して、櫻子は向日葵の言葉を解釈した。

「向日葵!」

「はい?」

「私のこと応援してるなら最初からそう言え!」

「きゃあっ!?」

 べしっと平手打ちを食らわせる櫻子……ただし、胸に。


61:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:00:12.40 ID:sisJXbsWo

「な、なにをしますの!」

「うっさい! 余計なこと言わずに付いてこいよ!」

 言い捨てて、櫻子はずかずかと歩き出した。

 怒っているようで、しかしその表情は──────それなりに嬉しそうでもあった。

(……素直じゃないのはお互い様ですわ)

 本当は一言、副会長の仕事を頑張れと伝えたいだけなのに。

 でも、それを素直に伝えられないのが、二人の関係なのだ。

 いつだって喧嘩ばかりで、しかし最後には丸く収まっている。

 口では文句を言いつつも、居心地のいい距離感。



 今はまだ、それを疑うこともない。


62:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:01:11.98 ID:sisJXbsWo


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63:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:02:08.07 ID:sisJXbsWo

 しかし、向日葵もここまでを想像していただろうか。

 副会長就任からおよそ一ヶ月。

 櫻子は、その仕事のほとんどをこなせるようになっていた。

 別に、特別の変化があったわけではない。

 櫻子はただ、わからないことがあれば相談しに行くということを繰り返していただけだ。


64:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:02:39.25 ID:sisJXbsWo

 綾乃に訊ね、千歳に訊ね、ときには遠回しに向日葵に訊ね、そして教師や他の生徒たちにも相談を持ちかける。

 繰り返すうちに、やがてそれが櫻子のスタイルになった。

 よくコミュニケーションを取って、確認しながら、全員が納得するようにまとめる。

 当たり前なようだが、それはりせや綾乃、そして向日葵ともまったく違ったやり方だった。

 本人が、どこまで意図していたのかはともかく。

 櫻子は、本当に向日葵の助力を必要としなくなりつつあった。


65:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:03:29.68 ID:sisJXbsWo

「戻りましたー!」

「おかえり」

「お疲れ様~」

 今日も校内を駆け回ってきた櫻子が、勢いよく扉を開けて生徒会室に戻ってきた。

 少し遅れて、同じように向日葵も。

「これ、今日の分です。あとは出張の先生がいたんで、また明日にします」

「わかったわ。二人ともお疲れ様、今日は上がっていいわよ」

「はーい!」

「お先に失礼します」


66:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:04:39.02 ID:sisJXbsWo

 頭を下げ、そのまま退室。

 綾乃と千歳はまだ少し残るだろうが、それも櫻子たちが決裁した書類を確認したら終わりのはずだ。

 順調に仕事を片づけ、櫻子は意気揚々と帰路を歩く。

「いやー、思ったより楽しいじゃん、副会長!」

 どんな大変な仕事だろう、と身構えていたところもあったが、思ったよりずっと自然にこなせている。

 最近は向日葵に注意されることも少なくなったし、すっかり鼻を明かした気分だ。

 そろそろ本当に向日葵に仕事を任せるような立場になれるかもしれない。

 もしそうなったら、向日葵はどんな顔をするだろう。


67:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:05:36.73 ID:sisJXbsWo

「ねえ、向日葵ー」

 呼びかけて振り返る。

「──────向日葵?」

 しかし、そこに向日葵はいなかった。

 思っていたよりもずっと後ろ──────まるで独りで帰っているかのようなところを、歩いている。

「……向日葵!」

 大声を出して呼びかけると、うつむき気味だった向日葵が、顔を上げた。

「向日葵遅いぞ! ちゃんと付いてこいよ!」

 強い口調で言っても、向日葵は相変わらずとぼとぼと歩く。

 イライラしながらも、追いついてくるのを待つ。


68:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:06:35.04 ID:sisJXbsWo

 間近まで来てから文句を言ってやろうとしたが、やめた。

 その顔が、随分と沈んだものに見えたから。

「……向日葵、どっか悪いの?」

 不安になり、訊ねる。

 しかし、向日葵は首を振った。

「いえ。そういうわけでは」

「じゃあなんで」

「なんで、って?」

「とぼけんなよ!」


69:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:07:14.38 ID:sisJXbsWo

 わからないとでも思ったのか。

 なにかを隠しているということよりも、そのことのほうが頭にくる。

「言いたいことあるなら言えよ! 私と帰りたくないのか!」

 自分が普段本音を出さないのも棚に上げて、櫻子は怒鳴る。

 その気勢にも動じることなく、向日葵はぽつりとつぶやいた。

「……そうですわね。言いたいことなら、ありますけど」

「っ、じゃあ言え!」


70:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:07:59.95 ID:sisJXbsWo

 言いたいことがある、と言われて、内心たじろぐ。

 なにを言われるんだろう。

 向日葵になにか、したっけ。

 それでも、虚勢を張るのはやめない。

 怖れの裏返しだからこそ、だ。

「櫻子」

 向日葵が一歩、近づく。

「なんだよ……」

 ぶたれるかな、と思った。

 身構えたから、いっそそのほうがましだった。


71:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:08:45.61 ID:sisJXbsWo

「櫻子は、」

 ぽん、と頭に手を置かれる。

「最近、よく頑張ってますわね」

 そのまま、撫でられた。



「…………は?」

 予想外の動きに、固まる櫻子。

 一通り撫で終えると、何事もなかったかのように向日葵は歩き出した。

「え……ちょ、ちょっと待て!」

 行為の意味を理解してから、櫻子の顔がかーっと赤くなる。

「今のなに!?」

「なに、って?」

「とぼけんな!」


72:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:09:47.04 ID:sisJXbsWo

 同じようなやり取りでも、その意味はまったく違う。

 立ち止まらない向日葵のあとを、今度は櫻子が追いかける。

「バカにしてんの!?」

「褒めたんですわよ」

「向日葵が私のこと褒めるとか! ありえないし!」

「失礼ね……」

 まるきり信じる様子もない櫻子に、少し呆れる向日葵。


73:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:10:37.78 ID:sisJXbsWo

「私だって、ちゃんとがんばってれば褒めますわ」

「ウソだー……」

「ウソじゃありませんったら」

 だって、と前置きして。

「私が思った以上に、ちゃんと仕事できてるじゃありませんの」

「ん……うん……」

 そこで初めて、評価してくれていたんだと気づく。

 てっきり、なにも言わないのは不服なのだろうと思っていたから。

「ま、まあ、私が本気出せばこんなもんだし! 向日葵もようやくわかったか!」


74:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:11:17.82 ID:sisJXbsWo




「──────」


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75:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:12:12.29 ID:sisJXbsWo

「え?」

 向日葵が、なにか呟いたのはわかった。

 でもなにを言ったのか、はっきりとは聞き取れない。

「向日葵……」

 先を歩いていた向日葵が、立ち止まり、振り向く。

「帰りましょうか」

 穏やかな笑み。

 普段、櫻子には見せない表情。

 優しい顔なのに、櫻子はそれをとても不安に感じる。


76:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:12:55.97 ID:sisJXbsWo

 なにか大切なことを聞き逃してしまったのではないか。

 そう思うも、なんとなく訊ね返しづらい雰囲気。

 櫻子が立ち止まってる間に、向日葵はひとりで歩いていく。

「ま……待ってよ!」

 焦燥感に襲われて、その背を追う。

 向日葵は立ち止まらなかった。

 なぜだか走っても追いつけない気がしたから、あっさりと隣に並べたときには拍子抜けしたような、安心したような気分になったのだった。


77:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:13:59.28 ID:sisJXbsWo


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78:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:14:52.98 ID:sisJXbsWo

 その翌日から、向日葵の行動は変化しはじめた。

 櫻子のそばを離れることが増えたのである。

「向日葵ー、どこだー?」

 もうすぐ生徒会が始まる時間だというのに、向日葵はどこかへ行ったまま戻ってこない。

 ひょっとして先に生徒会室に行ったのかと思い確認しに行ってみたが、綾乃によればまだ来ていないという。

「もうっ、どこ行ったんだよあいつ!」

 肩を怒らせながら、廊下を歩く。

 別に向日葵がいなければ仕事ができないわけではない。

 今の櫻子なら、大体のことはひとりでこなせるし、毎日仕事はこなしているので、溜まっているわけでもない。

 それでも、向日葵をサボらせるつもりはなかった。


79:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:15:42.27 ID:sisJXbsWo

(あいつは私専用のお手伝いなんだからな!)

 そんな風に思ってみても、心はじわりと締めつけられる。

 大股で歩いていたのが、段々と歩幅が小さくなり、やがて小走りに変わる。

「向日葵ー!」

 呼びかける声も、大きくなる。

 用事のない生徒が下校したあとの廊下は、人もまばらだ。

 その中に、向日葵の姿はない。

(本当にどこ行ったんだよ、あいつ……!)

 ほぼしらみつぶしに校内を探して、もしかしたら外だろうかと思い始めたとき。


80:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:16:40.48 ID:sisJXbsWo

「ありがとうねー」

「いえ、お役に立ててよかったですわ」



 体育館の扉を開けて、向日葵とクラスメイトの生徒が出てきた。

 なにやらお礼を言われているようだが、少し距離があるので、他の会話は聞き取れない。

 やがて二人は笑顔で手を振って別れた。

「……おい、向日葵」

「あら、櫻子」

 まだこちらに気づいていない向日葵に、先手を取って話しかける。

 仏頂面の櫻子に比べ、向日葵はごくいつもどおりの様子だ。


81:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:17:39.10 ID:sisJXbsWo

「どうしたんですの? こんなところまで」

「それはこっちの台詞だよ。生徒会の仕事サボって、なにしてんだ」

「え?」

 慌てて時間を確認する向日葵。

「あ……もうこんな時間だったんですのね。ごめんなさい」

「……なにしてたんだよ」

 時間に遅れたことより、ここでなにをしていたのかが気になった櫻子は、繰り返しそう訊ねた。

「体育館で部活の手伝いをしてたんですわ。どうも、人手が足りなかったとかで」

「……あっそ」

 説明しても、櫻子の膨れっ面は収まらない。

「そういう自覚ないことしてるから、落選するんじゃないの?」

 痛烈な皮肉。

 反論の余地もなく、言葉を詰まらせる向日葵。


82:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:18:20.75 ID:sisJXbsWo

「……そうですわね。本来の仕事を疎かにするのはダメね」

 目を伏せて、自省する。

「今度から気をつけますわ。もし今日の仕事が多いようなら、私も分担しますけど」

「別にいいよ、いつもどおりで」

 櫻子はそう言って、向日葵に背を向けて歩き出す。

 時折ちらりと後ろを振り返って、ちゃんと付いてきているか確認しながら。

「……ちゃんと仕事しますわよ、今からは」

「わかってるならいーよ」

 なだめようと色々言葉をかけるものの、櫻子の不機嫌は直らない。



 結局その日は言葉少なく、わずかな仕事を片づけて終わりとなった。


83:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:19:21.46 ID:sisJXbsWo


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84:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:19:51.47 ID:sisJXbsWo

 次の日の向日葵は、先生たちの手伝いをしていた。

 その次の日は、ずっと他のクラスの人たちとおしゃべりしていた。

 さらに次の日は、知らない生徒の相談に乗っていた。

 次の日は、

 次の日は、

 次の日は──────


85:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:20:56.08 ID:sisJXbsWo


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86:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:21:33.40 ID:sisJXbsWo

 最初の日に櫻子が言ったとおり、以降の向日葵は生徒会活動の時間には必ず間に合うようにしていた。

 ただし、それ以外の時間は、ほぼすべて他の誰かと行動している。

 それも特定の誰かというわけではない。

「最近古谷さんと仲良くなったよ」

「あんまりしゃべったことなかったけど、すっごくいい人だよねー」

「色々頼んでも全然嫌な顔しないし!」

「思ってたより面白い人だよねぇ」


87:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:22:06.07 ID:sisJXbsWo

 クラスにいると、そんな会話が聞こえてくる。

 少し前まで、クラスでの向日葵はもっと地味な存在だった。

 嫌われたりしていたわけではないが、あまり誰かと交流を持つことをしなかったのである。

 あかりやちなつにしても、元々は櫻子を通じての友人だったのだ。

 それが、一躍話題の人間となっている。


88:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:22:40.35 ID:sisJXbsWo

「古谷さんってスタイルいいよね~」

(おっぱいばっかじゃん)

「あんまり見せびらかさないけど、勉強もすごくできるんだよね」

(運動は全然ダメだけどね)

「知ってた? お菓子作りも上手なんだよ!」

(知ってる)

「うんうん、この前食べさせてもらった!」

(いつだよ。私、もらってないぞ)

「いいなー。今度おうちに遊びに行って食べさせてもらおっかなぁ」

(やめろよ。あいつ家だと忙しいんだから、邪魔だって)

「あ、私今度の日曜日約束してる! 一緒に行く?」

「行く行く! 連れてって~!」

(……………………)


89:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:23:19.91 ID:sisJXbsWo

 イライラが募る。

 自分が知らないところで向日葵がなにかをしているのが、気に入らない。

 日曜日の約束ってなんだ。

 私は聞いてないぞ。

 自分の知らない向日葵。

 この数日で、その割合が急に増えている。

 それが、なんだか嫌だ。

 無性に、胸がむしゃくしゃする。


90:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:24:03.54 ID:sisJXbsWo

「ただいまですわ」

 いっそ耳を塞いでしまおうかと思ったとき、向日葵が戻ってきた。

「ふう、よかった。授業に間に合いましたわ」

「……忙しそうじゃん」

 慌しく次の授業の準備をする向日葵に、皮肉を込めてつぶやく。

 バタバタと鞄から教科書を取り出す向日葵は、櫻子のほうを見もしない。

「ちょっと、二年生の教室まで行ってましたから」

「……………………」

 とうとう学年を越えたらしい。

 この調子で、学校中を制覇するつもりなのだろうか。


91:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:24:39.34 ID:sisJXbsWo

「向日葵」

「なによ」

 なにかを言いたくて、しかし具体的な言葉が出てこない。

 気持ちを表現する言葉を、櫻子は思いつかない。

 だから、

「晩ご飯」

「え?」

「つくって」

 そんな言葉に置き換えてみた。


92:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:25:28.54 ID:sisJXbsWo

「急ですわね。今日、櫻子が当番の日でしたっけ?」

「なんとなく、食べたいから」

「まあ……別にいいですけど……」

 櫻子の分までご飯の用意をするのは、割とよくあることだ。

 どうせ大して手間が増えるわけでもないので、頼まれればそのくらいはいいのだが。


93:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:25:58.62 ID:sisJXbsWo

「なにかリクエストは?」

「ステーキ」

「自分で焼きなさい」

「……………………」

「……………………」

「牛肉」

「……ハンバーグでいいなら」

 うん、と向日葵の顔を見ないまま、うなずく。


94:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:27:05.46 ID:sisJXbsWo

(変な櫻子)

 ご飯の要求など珍しくもないが、普段はもっともっと厚かましい。

 食べたいものを言うだけ言って、向日葵の手間など考えてもくれない。

 だから基本的に無視してつくるのだが、それはそれで美味しそうに食べるのだ。

 だけど。

 こんな風に、普通に頼まれることは滅多にない。

 食事当番なのに料理に失敗したときなどは、恥も外聞も捨てて向日葵にお願いしに来ることもあるが、それとも違う。

 始終仏頂面で、その割にはどこか必死なような気がする。

 もしも断ったら、傷つけてしまいそうな、そんな予感。

 櫻子相手にそんな風に思うとは。


95:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:27:50.45 ID:sisJXbsWo

「あの、櫻子……」

 少しだけ心配になって訊ねようとしたとき。

「ごめん古谷さん!」

「え、はい?」

「今日も放課後、ちょっと手伝ってもらえる? また欠員出ちゃって!」

「わ、わかりましたわ。あまり時間は取れませんけど……」

「うん、最初の準備だけでいいの! お願いね!」

 また頼まれごと。

 部員の数が足りなくて、忙しいのだろう。

 生徒会活動の時間までなら、手を貸せる。


96:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:28:20.84 ID:sisJXbsWo

 承諾し、今日も少し慌しくなりそうだと思いながら櫻子のほうを見ると、机に突っ伏して寝たフリをしていた。

 なにかから、目を背けるように。

 声をかけようかと一瞬ためらったとき、次の授業が始まってしまった。

 どうにも気になるが、もう声をかけるわけにもいかない。

 諦めて、授業に集中することにした。

「……………………」

 櫻子は、その授業のほとんどを寝たフリして過ごした。

 たまに顔を上げては、憂鬱そうな顔をして。

 そんな様子を横目に見ながら、向日葵は内心穏やかではいられなかった。


97:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:28:48.79 ID:sisJXbsWo


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98:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:29:26.87 ID:sisJXbsWo

 一度訊きそびれたことはなかなか言い出せなくて、放課後になり、生徒会の時間になり、そして下校の時間になっても、向日葵は櫻子にどうしたのか訊ねることはできなかった。

 しかし、学校を出たあたりから、櫻子の機嫌は徐々に良くなっていった。

「ほい、ひき肉」

「って多すぎますわ。あなた、何個食べる気ですの?」

「んー、三個くらい?」

「お腹壊しても知りませんわよ」

 学校帰りにスーパーに寄った頃には随分いつもの調子を取り戻しており、向日葵を一安心させた。

「あとは……」

「うっ……向日葵、ニンジンはいらない」

「我慢して食べなさい」

「……………………」

「ちょっと、ピーマン勝手に籠に入れないでくださる!?」


99:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:30:08.37 ID:sisJXbsWo

 いつものやり取り。

 手早く買い物を済ませて帰るはずが、ぎゃあぎゃあと騒いでいるうちに、すっかり日が暮れていた。

 既に冬の気配も色濃い夜道を、二人は足早に歩く。

「帰ったら急いで支度しないと……楓も待ちかねてますわね」

「がんばってつくれよー。私は楓と遊んでるから!」

「ええ、私ひとりのほうが早くつくれますし」

「それはそれで悲しい……」

 一旦家の前で別れ、櫻子は着替えのために自宅へ。

 向日葵も手早く着替えを済ませると、エプロンを付けてキッチンに立った。


100:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:30:57.32 ID:sisJXbsWo

「おーす」

「あ、櫻子お姉ちゃんだ」

 既に料理を始めていて手の離せない向日葵に代わり、楓が玄関まで出迎えに行く。

「こんばんは、櫻子お姉ちゃん」

「おー。向日葵、もう料理してんの?」

「うん。お部屋で待っててって」

「よし、向日葵の机でも漁るか」

「楓! やっぱり居間に連れてってちょうだい!」

 ろくでもないことを言い出したので、慌ててキッチンから顔を出して叫ぶ。

 チッ、と舌打ちが聞こえた気がしたが、どうやら大人しく居間で待つことにしたようだ。


101:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:31:38.46 ID:sisJXbsWo

 遅くなったこともあるし、これ以上櫻子を放置しておくことに危険を感じたので、急いでハンバーグの実をこねる。

 焼き上げている間には皿の用意と添え物の調理と、手際よく支度を進めて、どうにか完成。

 二人を呼びに居間に行くと、どうやら大人しくテレビを観ていたようだ。

「もう食べられますわよ」

「おっ、早いじゃん」

「急ぎましたもの」

 櫻子の顔がぱぁっと明るくなる。

 どうやら学校での不機嫌さは、すっかり鳴りを潜めたようだった。



102:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:32:20.42 ID:sisJXbsWo


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103:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:33:29.70 ID:sisJXbsWo

「食った食ったー!」

 食事を終えた櫻子が、満足そうにお腹をさする。

「ごちそうさまでした」

 楓は行儀よく手を合わせる。

 櫻子もそれくらいすればいいのにと思いつつも、久々に混じり気のない笑顔を見て、口には出さないでおいた。

「それじゃ、私は後片づけしますけど。櫻子はもう帰ります?」

「んー、もうちょっと楓と遊んでから帰る」

「そう。楓に迷惑かけるんじゃありませんわよ」

「おい」

「大丈夫なの。櫻子お姉ちゃんは楓が責任持ってしっかり面倒みるから」

「おおい!」


104:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:34:19.23 ID:sisJXbsWo

 向日葵の言葉は皮肉だが、楓は本気である。

 しかも悪意はないので、余計にツッコミづらい。

 そういうときは、櫻子といえども大人しく折れるしかないのである。

「まあいいや、またテレビ観るか」

「うん、いいよ」

 二人は再び居間に戻る。

 適当にチャンネルを合わせるが、あまり内容は頭に入ってこない。

 食後のせいか、微妙な気だるさを感じる。


105:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:34:59.30 ID:sisJXbsWo

「……楓さー」

「なあに?」

「最近向日葵、忙しそうにしてると思わない?」

 暇だったのでなんとなく、と言うには、櫻子にとって最近気にしている質問だった。

 向日葵が近くにおらず、しかも相手が楓だったので、口が緩んだのかもしれない。

「うん。お姉ちゃん、この頃ちょっと大変そうなの」

「やっぱり?」

 学校でだけというわけではなく、楓にもわかるくらい、向日葵は忙しくしているらしい。

 楓は、歳の割にはよく気のつく子どもだ。

 なんとなく、向日葵が疲れている様子なのを察して、そっとしておく日が続いているという。


106:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:35:57.14 ID:sisJXbsWo

(なんだよあいつ。楓にまで心配かけてんじゃん)

 少し忘れかけていた感情が、再び首をもたげる。

 胸焼けのような、嫌な感覚。

「なんか変なんだよ、あいつ。学校でもいつもバタバタしててさ」

「お姉ちゃんね、言ってたの」

 楓が呟く。

 いつものように、悪意なく。



「副会長のことはもう終わったし、櫻子お姉ちゃんのお世話もしなくていいって」


.


107:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:36:58.24 ID:sisJXbsWo

「──────」

 ぐらり。

 櫻子は自分が倒れそうになっているのかと思った。

 しかし姿勢は崩れていない。

 それでも、なにかが歪んだ。

「だから、もっと色んなこと、やってみたいことやるんだって」

 楓はウソをつくような子どもではない。

 その楓にウソを話すような向日葵でもない。

 だから、その言葉は、紛れもなく向日葵の本音だ。


108:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:37:39.64 ID:sisJXbsWo

(なんだ、それ)

 つまり。

 副会長には落選したし、本当はもう生徒会の活動なんてどうでもいいってことなのか。

 他にやりたいことは色々あって、最近はそれを優先していると。

 だから本音では──────櫻子の手伝いなんて、嫌々だったのか。

「お姉ちゃん、大変そうだけど、でもちょっと楽しそう」

 櫻子が無言で立ち上がる。

「……櫻子お姉ちゃん?」

「ごめん、帰る」

「あ、うん……」


109:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:38:08.71 ID:sisJXbsWo

 聡い楓は、櫻子がなにかに怒っていることは理解できただろう。

 それでも、なぜ怒ったのか理解することまで求めるのは、酷というものだった。

 向日葵に挨拶することもなく、櫻子はまっすぐ玄関を出た。

 どうすることもできず、居間にはひとり楓がぽつんと残される。

「終わりましたわ……あら、楓、櫻子は?」

「帰っちゃった……」

「ふうん……」


110:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:38:44.08 ID:sisJXbsWo

 唐突とはいえ、気分屋の櫻子のことだ。

 どうせ思いつきで行動したのだろう、そう向日葵は判断した。

 しかし、立ち去る直前の櫻子の様子を知ることはできないにせよ、困ったような顔をしている楓の様子まで見落としてしまうのは、向日葵らしからぬミスだった。

 楓が思っているように、それは疲れのせいなのかもしれない。

 だから、向日葵は事態の深刻さを知ることをできないまま、翌日を迎えることになる。


111:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:39:39.84 ID:sisJXbsWo


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112:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:40:21.80 ID:sisJXbsWo

 翌朝の櫻子の顔は、ひどいものだった。

「ちょっと櫻子……目の隈くっきりですわよ。夜更かししすぎじゃありませんの?」

「うっさい」

 昨日の学校以上の不機嫌さ。

 いや、もう既に不機嫌などというレベルではなく、ぶっきらぼうな言葉には深刻な怒りが感じられる。

 いったいどうしたのか。

 昨日の夕食のときは、いつもどおりに戻っていたはずなのに。


113:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:41:21.55 ID:sisJXbsWo

「櫻子……なにかありましたの?」

 結局昨日は言わずじまいだったことを、訊ねてみる。

 しかし、返答はにべもなかった。

「自分の胸に訊けよ」

 冗談も皮肉もなく。

 それ以上の追求も許さない言葉。

(私……? 私のせいだっていうんですの……?)

 とはいえ、櫻子の意図を察するのにも、無理があっただろう。

 昨晩の楓とのやり取りを、向日葵は知らないのだから。


114:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:42:29.57 ID:sisJXbsWo

「……………………」

 不思議なことに、これだけ怒っている様子にも関わらず、櫻子は向日葵のそばを離れようとはしない。

 むしろ普段以上にくっついている気もする。

 怒気を振りまきながらそんなことをされても向日葵は困るわけだが、言ったところで聞いてくれそうな様子もない。

 しかし、登校の時間だけならそれも我慢できた。

 だが、授業を除く休み時間すべてそんな調子では、不都合も出てくる。

「あ、古谷さーん!」

「……………………」

「……ごめんなさい、また後でいいわ」


115:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:43:36.46 ID:sisJXbsWo

 最近よくあるように、向日葵に話しかけてくる人たちがいるのだが、隣の櫻子に睨まれて大体が躊躇してしまう。

 さすがにいい加減痺れを切らして、向日葵も櫻子をたしなめた。

「櫻子、他の人が困りますわ。付いてくるのはいいですけど、そんなに凄むのはやめなさい」

「……………………」

「見張ってなくても、生徒会にはちゃんと行きますから」

 そう言って念を押すと、ようやく櫻子は少し距離を取った。

「……当たり前じゃん」

「なにが……」

「生徒会来るなんて、当たり前だろ」

 向日葵に背を向け、櫻子はひとり教室へ戻る。


116:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:44:22.29 ID:sisJXbsWo

 席についた途端、眠気に襲われて机に突っ伏した。

 今度はフリではなく、本当に眠ってしまいそうだった。

 昨晩は、結局まともに眠れていない。

 色々ごちゃ混ぜになった感情が心の中で荒れ狂っていて、とても収まりがつかなかったのだ。

 思考は思考にならず、断片的な言葉が浮かぶばかり。

 時折楓の言葉が浮かんでは、さらに心をかき乱していく。


117:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:44:51.72 ID:sisJXbsWo


『副会長のことはもう終わったし、櫻子お姉ちゃんのお世話もしなくていいって』



『だから、もっと色んなこと、やってみたいことやるんだって』



『お姉ちゃん、大変そうだけど、でもちょっと楽しそう』


.


118:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:45:38.23 ID:sisJXbsWo

(ウソじゃん)

 自分でもはっきりと理解する前に、そんな言葉が浮かんだ。

 なんのことだろうと思いながら、それを手繰り寄せる。

(今までどおり、私の手伝いするって言ってたじゃんか)

 ああ、そうだ。

 向日葵は自分の手伝いをするんだって、言ってたじゃないか。

 あれは、結局ウソだったのか。


119:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:46:20.75 ID:sisJXbsWo

 ズキズキと、頭が痛む。

 眠いはずなのに、痛みが眠りに落ちることを許さない。

 全身の倦怠感を無視して、頭だけが覚醒していることを強要する。

 苦しい。

 チャイムが鳴る。

 授業が始まり、重い体をどうにか引き起こす。

 いつの間にか向日葵も隣の席に戻っており、心配そうな目を櫻子に向けていた。

 二人の目が逢う。


120:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:46:56.84 ID:sisJXbsWo

(どうせ)

 どろどろと混ざりあった感情。

 それらを乗せた視線を、向日葵にぶつける。

(自分のやりたいことやって、満足してるんだろ)

 暗い目。

(うそつき)


121:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:47:55.37 ID:sisJXbsWo

 向日葵が、怯んだように目を逸らす。

 そのことに余計に暗い気分は増していく。

 櫻子は、自分がどうしようもない泥沼にはまりつつあることを、理解していた。



 囚われて、沈んでいく。

 もう届かない。

 手を伸ばしても、もう──────



 その手を取る人は、いない。


122:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:49:03.74 ID:sisJXbsWo


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123:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:49:46.91 ID:sisJXbsWo

 だから、それはもう最後の一押しでしかなかった。

「今日から、古谷さんには別の仕事を頼もうと思うの」

 綾乃に他意があったわけではないし、仮にそのことを言わずとも、いつかは同じ事態が起こっていただろう。

 それでも、このタイミングは櫻子にとって最悪だった。



「嫌です」



 いつもどおりの生徒会が始まろうかというとき。

 綾乃がごく当たり前に仕事の割り振りをしようとしたとき、櫻子がそれを遮った。


124:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:51:00.10 ID:sisJXbsWo

「え……い、嫌って……」

「櫻子、なにを言ってますの?」

「向日葵は私の手伝いをするって、言ったし」

「それは、確かに言ったかもしれませんけど……」

 明らかにいつもと様子の違う櫻子に戸惑いつつも、綾乃は忍耐強く説得しようとする。

「ほら、大室さんも、もう副会長の仕事はほとんどひとりでできるでしょ? それに今日はちょっと仕事量も多いし、分担してやったほうが……」

「時間かけてもやるから、いいです」

「大室さん……」

 綾乃と千歳は、どうしたものかと顔を見合わせる。

 たまらずに口を挟んだのは、当人である向日葵だった。


125:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:51:56.39 ID:sisJXbsWo

「櫻子。もうあなたひとりでも仕事はほとんどできてるんだから、別に私がいなくても……」



「私の手伝いするって約束したじゃんか!!」



 突然、櫻子が爆発する。

 あまりの剣幕に、一瞬三人は言葉を失った。

「今までどおり私の手伝いするって言ったくせに! 向日葵のうそつき!」

「だ、だって……あなただって、私がいなくても平気なようになるって……」

「そんなの知らないっ!!」

 もはやまともな説得を聞き入れるような状態ではない。

 しかも、どうして櫻子がここまで怒っているのか、三人にはわからないのだ。


126:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:52:52.14 ID:sisJXbsWo

「と、とりあえず大室さんも落ち着き……? 仕事のことは、また今度考えたらええから……」

「考えるようなことないもん!! 向日葵は私の手伝いなの!!」

 普段、上級生として接している千歳に対しても、今回はまったく遠慮がない。

 とても自分が間に入る余地がないと理解した千歳は、口をつぐんだ。

 それでも、あるいはそれだからこそ、前に出なければいけない人間もいる。

 向日葵だった。

「櫻子、いい加減になさい! あなたの勝手だけで、先輩方にまで迷惑かけるつもりですの!?」

 幼馴染として、当事者として、ここで引くわけにはいかない。

 内心では櫻子の激発に心配すらしていたが、強い口調を緩めるわけにはいかなかった。


127:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:53:33.59 ID:sisJXbsWo

「最近だって、私が付いていってもほとんどやることなんてなかったじゃありませんの! あなたが言ってたとおり、私の仕事なんてもうありませんわ!」

 櫻子がどんどん仕事を覚えて、それに伴い向日葵のフォローが減ってきた頃。

 予想以上のがんばりに、思わず櫻子を褒めたことを思い出す。

 櫻子は気味悪がっていたが、それはまごうことなき向日葵の本音だ。

 自分を破って副会長になった幼馴染は、やればできるのだと。

 そのことを自慢にすら思った。

 だから、あの日、向日葵は言ったのだ。



『もう、私がいなくても平気ですわね』


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128:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:54:28.26 ID:sisJXbsWo

 櫻子には聞こえていなかったかもしれない。

 それでも、向日葵にとってそれは万感の思いを込めた言葉だった。

 櫻子が副会長になってよかったと、そのとき心の底から思えたのだ。

 だからこそ。

 だから──────

「櫻子は副会長でしょう!? それに見合った仕事をしなさい!!」

「向日葵だって、生徒会なんてどうでもいいと思ってるくせに!!」

「は……!? 私がいつ生徒会を疎かにしましたの!?」

「最近いつも生徒会と関係ないことばっかやってるだろ! 楓から聞いたんだぞ!!」

「っ!」


129:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:55:35.91 ID:sisJXbsWo

 その櫻子の言葉で、今朝からの不機嫌の理由がわかった。

 きっと昨晩、楓は向日葵が最近している学校での自主活動のことを話してしまったのだろう。

 そして、櫻子はそれを聞いて誤解してしまったのだ。

 向日葵は、楓にも“その真意を話してはいない”のだから。

「……そのことは、ちゃんと後で説明しますわ。でも今は先輩方に謝りなさい」

「やだっ!!」

「櫻子!!」

「もうやだ!! こんな思いしたくて副会長になったんじゃないもん! こんなの……もう辞めてやる!!」


130:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:56:12.46 ID:sisJXbsWo




 ぱぁん!


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131:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 19:57:02.33 ID:sisJXbsWo

 手を振りぬいてから、向日葵はわれに返った。

 気づいたときには櫻子の頬を思い切り平手で引っぱたいていて、櫻子は床に倒れていた。

「あ……」

 手のひらがじんじんと痛む。

 その痛みに、想像以上の強さで叩いたことがわかった。

「ふ、古谷さん、暴力はあかんよ!」

「大室さん……だ、大丈夫……?」

 千歳が向日葵と櫻子の間に割って入り、綾乃が倒れた櫻子に声をかける。

 呆然として身動きの取れない向日葵。



133:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:14:06.59 ID:sisJXbsWo

 櫻子は、真っ赤に腫れた頬を押さえながら、のろのろと身を起こした。

「大室さん……」

「大丈夫なん……?」

「…………!」

 三人が息を呑む。



「うっ……ぐすっ……うぅっ、ひっく…………」



 櫻子は、ぼろぼろと泣いていた。

 向日葵の行為に怒るでもなく、非難するでもなく、ただ嗚咽を漏らしている。


134:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:14:55.55 ID:sisJXbsWo

「えぐっ……う……うわぁぁぁぁん……!」

 やがてそれも号泣に変わる。

 泣きながら、よたよたと頼りない足取りで、生徒会室を出ていく。

 誰もそれを止められない。

 幼児のような泣き声が、長く、長く響いていた。

 やがて、それも聞こえなくなった頃、力が抜けたように、向日葵はどさっとしりもちをついた。


135:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:15:42.11 ID:sisJXbsWo

「古谷さん……!」

 その音にはっとなり、綾乃と千歳も動き出す。

 二人に手を引かれ、ふらふらとしながらも立ち上がる。

「わ、私……なんてひどいこと……!」

「大室さん、大丈夫かしら……」

「あんなに泣いとる大室さん、初めてや……」

 三人は、まだ気が動転していた。

 中でも、向日葵のショックは大きい。


136:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:16:13.45 ID:sisJXbsWo

「櫻子があんな風に泣くなんて……私、どうかしてて……!」

「しゃあない、しゃあないんや……古谷さん、そんな自分を責めんとき?」

「それに、私も仕事のことで色々言ったから……」

 とにかく向日葵を椅子に座らせて、落ち着かせることにする。

 今すぐにも走り出しそうな様子の向日葵をなだめ、深呼吸をうながす。

 数分、そんなやり取りを続けて、どうにか向日葵も冷静さを取り戻してきた。

「どう? 落ち着いた?」

「……すいません。ご迷惑を」

「ええって、気にしとらへん」

「それより、大室さんのことはどうしたら……」


137:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:16:43.99 ID:sisJXbsWo

 綾乃や千歳も、櫻子のことは心配だ。

 しかし、仮にここで自分たちが追いかけていっても、逆効果になりかねない。

 ならばやはり向日葵が行くべきなのだが──────

「やっぱり、いきなりは辛いんちゃう……?」

「どっちにとってもショックが大きいだろうし……」

 動転している向日葵の姿を見ていることもあり、どうしても迷いが出ている二人。

 しかし、それを向日葵自身が遮った。


138:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:17:45.84 ID:sisJXbsWo

「私が行きます」

「古谷さん……」

「大丈夫なん?」

 千歳が心配そうに訊ねると、向日葵はこくりとうなずいた。

「伝えなきゃいけないんです、あの子に」

 向日葵は、櫻子が誤解しているのだということをもう知っている。

 それを解くことができるのは、自分だけだということも。

「ですから、行ってきます」


139:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:18:35.33 ID:sisJXbsWo

 はっきりと言った向日葵を、二人はもう止めようとはしなかった。

「もう今日はこのまま上がっていいからね」

「明日、またどうなったか聴かせてな?」

「はい。失礼します」

 生徒会室を後にし、そのまま学校を出る。

 向かうのは、櫻子の家だ。

(櫻子……)

 家への道を急ぎながら、櫻子の頬を張った手を見る。

 ひりつくような痛みも、今の心の痛みに比べれば大したことはない。


140:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:19:07.49 ID:sisJXbsWo

(私、櫻子にひどいことしてましたのね)

 もっと、話をしておくべきだった。

 伝える努力をしなかったのは、自分だ。

 櫻子を泣かせたのは、自分だ。

(でも……まだやり直せるはずですわ……!)

 櫻子が思っているようなこととは、違うのだから。

 せめてそのことを伝えなければ。

 向日葵は、赤くなった手をぎゅっとにぎりしめた。


141:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:19:44.70 ID:sisJXbsWo


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142:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:20:13.51 ID:sisJXbsWo

 どうやって家に帰ってきたのかは覚えていない。

 家族が家にいたはずだが、声をかけられたかどうかも記憶にない。

 とにかく気づいたら自分のベッドに倒れこんでいた。

 張られた頬が痛くて、でもそれ以上に頭の中がぐしゃぐしゃで、ずっと涙が止まらない。


143:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:20:43.84 ID:sisJXbsWo

「ひっ、く……うっ、ぐす……」

 疲れた。

 今日はただでさえ体がだるいのに、あまりにも泣いたせいで、もう体を起こすことさえ辛い。

 夕陽が沈み、段々と部屋の中も暗くなっていく。

 それに伴い、櫻子の意識も沈んでいった。



 もう、このまま消えてしまえばいいのにと思いながら。


144:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:21:15.01 ID:sisJXbsWo


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145:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:22:06.05 ID:sisJXbsWo

 目覚めは唐突だった。

 というよりも、いつ目覚めたのか覚えていない。

 目が覚めた、ということだけがわかっている。

 気づけば、既に登校中だった。

「あ、れ……?」

 きょろきょろと周囲を見回す。

 いつもの通学路。


146:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:23:05.55 ID:sisJXbsWo




「櫻子、どうしましたの?」



 聞きなれた声が聞こえてきて、びくっとそちらを向く。

 隣にいた向日葵が、不思議そうにこちらを見ている。

(あれ、隣……?)

 さっき、周囲を見回したときにはいなかったのに。

「櫻子ったら」

「あ、ああ、うん?」

 再び名前を呼ばれて、ようやく返事らしいものが口から出てきた。


147:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:23:36.55 ID:sisJXbsWo

 ぼうっとした様子の櫻子を見て、向日葵はため息をついた。

「まだ寝ぼけてますの? しっかりなさいな、副会長」

 副会長、と言われて、なにか嫌な気分になる。

 それがどうしてなのかは、なぜか思い出せない。

 そうだ、私は生徒会副会長だ。

 ちゃんと仕事しなきゃ。


148:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:24:33.51 ID:sisJXbsWo

「それじゃ、今日はこの仕事をお願いね」

 目の前の綾乃が、櫻子に書類を手渡す。

 いつの間にか場所は生徒会室に移っていた。

 もう、そのことに違和感は覚えない。

「わかりました」

 ざっと目を通しても、手続きのわからない書類はない。

 どれも一度は決裁したことのあるものばかりだ。


149:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:25:07.19 ID:sisJXbsWo

「それじゃ、向日葵と行ってきます」

「あ、待って」

 綾乃が、“あのとき”と同じように、自然な流れでそれを口にした。



『今日から、古谷さんには別の仕事を頼もうと思うの』


.


150:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:25:55.77 ID:sisJXbsWo

 頭痛。

 思わず頭を抱えたくなるほど、激烈な痛み。

「わかりました」

 櫻子が声も出せないでいるうちに、向日葵がいとも当然のようにうなずく。

「ま、待って……」

 櫻子を無視するように、向日葵は綾乃から仕事を与えられると、生徒会室を出ていく。

 痛みに耐え、よろめきながらもその背を追う。


151:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:26:48.94 ID:sisJXbsWo

「向日葵!」

 夕暮れの道。

 どれだけ追いかけても、追いつけない。

 あの日とは違う。

「向日葵っ!!」

 ようやく、向日葵が足を止めた。

 ゆっくりと振り返って、櫻子と向き合う。


152:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:27:33.31 ID:sisJXbsWo

「櫻子、副会長の仕事はどうしましたの?」

 頭の痛みは、全身に移っている。

 ひどくだるくて、自分の体ではないかのように緩慢にしか動かせない。

「向日葵こそ……」

 鉛のような足を引きずりながら、一歩一歩向日葵へ近づく。

「私の手伝いって仕事、忘れてるじゃんか」

 向日葵が自分で口にしたこと。

 私のこと手伝うって、言ったじゃないか。


153:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:28:15.88 ID:sisJXbsWo

「だって」

 向日葵は淡々と言い返す。

「もう、手伝うようなことはないでしょう?」

「で、でも……」

 言いよどんでみたところで、それは事実だ。

 櫻子自身も、ずっと付き添っていた向日葵も、それはわかっている。

「でも……向日葵が一緒じゃなきゃ、やだ!」

 すると、向日葵はきっと眉を吊り上げ、言い放った。



『櫻子、いい加減になさい! あなたの勝手だけで、先輩方にまで迷惑かけるつもりですの!?』


.


154:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:28:49.30 ID:sisJXbsWo

 びくりと震える体。

 続けて子どもを叱り飛ばすように、向日葵は言う。



『櫻子は副会長でしょう!? それに見合った仕事をしなさい!!』



「でも、向日葵だって!」

 たまらず言い返す。

「ずっと生徒会と関係ないことばっかしてるじゃんか! 向日葵こそ、もう生徒会なんてどうでもよくなったんだろ!」


155:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:29:35.66 ID:sisJXbsWo




「ええ、そうですわ」


.


156:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:30:24.72 ID:sisJXbsWo

「え……?」

 思わず、なんと答えたのか理解できず、ぽかんと口を開けて向日葵を見返す。

 どうでもよくなった?

「だって、副会長の座は櫻子に取られてしまいましたし。その櫻子も、仕事を覚えたら私には大した仕事もありませんもの」



『副会長のことはもう終わったし、櫻子お姉ちゃんのお世話もしなくていいって』



157:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:31:14.05 ID:sisJXbsWo

「櫻子と違って、私は他にもやりたいことがたくさんあるんですの。ですから生徒会の仕事なんて、もう別にいいのですわ」



『だから、もっと色んなこと、やってみたいことやるんだって』



「ええ、櫻子の面倒をみるより、ずっとやりたいこと」



『お姉ちゃん、大変そうだけど、でもちょっと楽しそう』



「櫻子は私が思っていたよりずっとできる子ですし」



 だから、


158:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:31:49.04 ID:sisJXbsWo







「もう、私がいなくても平気ですわね」





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159:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:32:25.89 ID:sisJXbsWo

「ああああああああああああああああああ!!!」

 頭が割れる。

 平衡感覚さえも失って、よろめき倒れた。

 地面に叩きつけられたはずの衝撃を感じることもなく、気持ちの悪い浮翌遊感がずっと続いている。

「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!」

 思考を繋ぐ糸が、ぶちぶちと切れていく。

 頭の中に直接手を突っ込んでかき回したいほどの激痛。


160:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:33:11.41 ID:sisJXbsWo

「向日葵が一緒じゃなきゃいやだ! 向日葵が生徒会に入るって言ったから私も入ったのに!!」

 風景がバラバラになる。

 なにもかもが、崩れ去っていく。

「こんなことしたかったんじゃない!! こんなことのために副会長になりたかったわけじゃない!!」

 最後に残った向日葵の姿だけが、遠ざかる。

 再び、櫻子に背を向けて。

「待って向日葵……! ちゃんとそばにいてよぉ!!」

 声は届かない。

 なにも、届かない。



 やがて、その向日葵の姿も、虚空に消えた。


161:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:33:48.34 ID:sisJXbsWo

「う……うわぁぁぁぁぁぁぁん……!!」

 なにもかもが消えた世界で、櫻子は泣きじゃくる。

 独りはいやだ。

 いやだ。

 向日葵がいてくれなきゃ、いやだ。



 向日葵──────


.


162:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:34:29.73 ID:sisJXbsWo

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163:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:35:28.27 ID:sisJXbsWo




「向日葵ぃ……」



 自分の呟き声で、目が覚めた。

 真っ暗な部屋の中。

 まとまらない思考で、今の状況を思い出す。

 ベッドに倒れこんだところまでは覚えている。

 その前は。

 その前は──────

 割れそうな頭の痛みは続いている。

 苦しくて身をよじると、熱を持った頬がすれて、ちくりと痛みを覚える。


164:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:36:08.13 ID:sisJXbsWo

「ぐすっ……」

 痛みと一緒に、そこに至るまでのことも思い出した。

 辛い夢から覚めても、現実だってそんなに変わらない。

 引き裂かれるような喪失感は、夢よりも冷たく、鋭く、心を傷つける。

 目頭を押しつけた枕が濡れる。

 苦しさを吐き出すように、その名前を呼ぶ。



「向日葵……会いたいよ……」


165:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:36:53.78 ID:sisJXbsWo




 ぽん


.


166:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:37:26.19 ID:sisJXbsWo

 と、櫻子の頭に手が置かれた。

 はっとなって、恐る恐るその手の主を見上げる。

 真っ暗な中、向日葵が枕元近くに腰を下ろしていた。

「……ここにいますわよ」

 静かな声。

 それで、今が真夜中だということに気づく。


167:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:38:29.44 ID:sisJXbsWo

「……今、何時?」

「もうすぐ日が変わりますわね」

 どうやら疲れが限界に達して、ずっと寝ていたようだった。

 そうすると、向日葵はいつ来たのだろうか。

「私が来たときには、あなたはもう寝てましたわ」

 訊ねる前に、向日葵が答える。

「ずっと、うなされてましたわよ」

 その間は、そばで様子を見ていてくれたらしい。

 つまり、何時間も待ってくれていたということだ。


168:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:39:33.20 ID:sisJXbsWo

「……なんで?」

 そんな言葉が、まず口をついて出た。

「なんでいてくれたの?」

 まっすぐな質問に、向日葵がたじろぐ。

 しかし、誤魔化しようもない話だと心を決めると、素直に本当のことを口にした。

「幼馴染の心配をしてはいけませんの?」


169:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:40:08.75 ID:sisJXbsWo

 学校を出て、櫻子の家に来たときには、既に櫻子は部屋のベッドで倒れ、病人のようにうなされているところだった。

 赤く腫れた頬や、それを伝う涙を見ると、あまりの痛々しさに、置いて帰るなどという考えは浮かんでもこなかったのだ。

 今だってそうだ。

 潤んだ瞳で、弱々しく向日葵のことを見つめる顔は、よく知る強気な幼馴染とはかけ離れている。

 それを心配することに、理由が必要だろうか。


170:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:41:42.55 ID:sisJXbsWo

「どうしても、伝えなきゃいけないこともありましたし」

 そう言うと向日葵は、床に膝をつき、櫻子と目線を合わせた。

「櫻子、最近のこと、しっかり話しておきたいんですの。聴いてもらえます?」

 櫻子の瞳が不安そうに揺れる。

 それでも、目を逸らしたりはせず、向日葵のことを見つめ返していた。

「……いいよ。向日葵が話したいなら」

「ありがとう」

 向日葵はひとつ深呼吸をし、ゆっくりと話し始めた。


171:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:42:48.75 ID:sisJXbsWo

「最初に言っておきますけど、私は別に生徒会活動に興味がなくなったわけじゃありませんわ」

「でも……」

「まずは聴いて。全部、ちゃんと繋がってきますから」

 そう言ってから、向日葵は生徒手帳を取り出し、そこに挟んである一枚の紙を櫻子に見せた。

「これ、なんだかわかります?」

「……選挙のときの」

 得票数が書かれた紙だ。

 向日葵は、ずっと手帳に挟んで持っていたらしい。

 櫻子はといえば、その日のうちには捨ててしまった。


172:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:43:55.27 ID:sisJXbsWo

「これは私なりの反省というか……そういう意味を込めて持ち歩いているんですの」

 二人の名前を、指でなぞる。

「何度見直しても、僅差で私の負けですわね」

「うん……」

 向日葵に勝ったと、それがわかったとき、大はしゃぎしていた櫻子。

 いっそあそこで負けておけば、こんなことにはならずに済んだのかとも思う。

 しかし、向日葵はそうは思っていなかった。


173:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:44:38.93 ID:sisJXbsWo

「私、負けてよかったと思いますの」

「えっ、なんで……?」

「この敗北は、とても有意義だったから」

 櫻子は、落選した直後の向日葵の様子を思い出した。

 妙に落ち着いて、悔しいとは言っていたものの、取り乱したりすることもなかった姿を。

「櫻子、選挙前にした話、覚えてません?」

「えっと……なんだったっけ……」

 いつものように、不毛な喧嘩をしたことは覚えている。

 でも、なにを言ったのだったか。


174:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:45:23.97 ID:sisJXbsWo

「櫻子が、友達が多いから勝つとか、名前が先にあるから勝つとか色々言ってたんですわ」

 思い出した。

 あのときは、実際に選挙に勝てるかどうかより、とりあえず向日葵を言い負かしたくて、でたらめを並べていた気がする。

 それでも本当に勝ったのだから、そのうちいくつかは当たっていたのかなと、当時は思ったのだが。

「ハズレですわ」

 向日葵は微笑む。

「だって、勝負は僅差だったんですもの」

「…………?」

 勝ち負けよりも、向日葵にとってはそのことのほうが重要らしい。

 櫻子には意味が理解できず、首をひねる。


175:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:46:10.43 ID:sisJXbsWo

「わかりません? 櫻子が言ってたことが正しいんだったら……あなた、もっと大差で勝つんじゃなくて?」

「あ……」

 そういうことなのだ。

 確かに、櫻子が当選したのは事実。

 しかし、言うほど得票数に差があったわけではない。

「……つまり、本当は私を評価してくれていた人も、たくさんいたんですわ」

 だから、反省する。

 あの選挙は、本当は勝てたかもしれない。

 でも、そのための努力を、向日葵は怠っていた。


176:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:47:00.03 ID:sisJXbsWo

「もっとみんなのためにできることをしていたら、勝てたかもしれない。だから私は」

 最近になって、学校中の生徒のために駆け回っていたのだ。

 生徒会活動としてではなくても、古谷向日葵という人間を、もっと知ってもらうために。

「本当は、あなたの真似のつもりだったんですのよ、櫻子」

「私……?」

「あなたは、自然にたくさんの人と仲良くなれますから。でも、やっぱり同じようにはいきませんのね……」

 最初はただ、少し勇気を出してクラスの生徒に話しかけてみただけだった。

 それが段々と手伝いをするようになり、相談を受けるようになり、やがてはクラスや学年の壁も越えた。

 確かに目的には適っていたが、成功しすぎたのである。


177:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:48:16.65 ID:sisJXbsWo

「なんでも引き受ければいいというわけではありませんのね……それで少し疲れてしまって」

 充実感はあった。

 しかし、元々櫻子以外には強気に出ることも珍しいような向日葵だ。

 頼まれれば嫌とは言えず、際限なく駆け回ることになってしまった。

「もう少し付き合い方も考えなければいけないって、思ってたところでしたの……でも、櫻子がそんなに思いつめてたなんて、私……」

 櫻子が自分の手を借りずに仕事ができるようになっていくことは、望ましいことだと思っていた。

 宣言どおりに、どんどん副会長らしくなっていく姿を見て、頼もしさを覚えたのだ。

 いずれは本当に、櫻子に仕事を与えられるようなこともあるかもしれない。

 そんな日を、内心では楽しみにしながら。


178:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:49:30.66 ID:sisJXbsWo

「私は、正直言って櫻子の成長を嬉しく思いましたわ。だけど……あなたにとっては、そんな期待も重荷だったのかしら」

 向日葵は辛そうに目を伏せる。

 この一ヶ月あまりで、向日葵の櫻子を見る目は大きく変わった。

 自分を引っ張って仕事をこなす姿は、まるで昔を思い出すような気もしていた。

 そんな時間を、向日葵自身も楽しんでいたはずなのに。


179:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:50:21.00 ID:sisJXbsWo

「私は」

 かすれた声で、櫻子が呟く。

「向日葵と一緒に仕事がしたかったんだ」

 かつて、生徒会に入った理由を訊かれたときはなんと答えただろうか。

 向日葵だけいい格好するのが嫌だったとか、そんなことを口にした気もする。

 でも、そんなのは後づけの理由でしかない。

「向日葵といられたら、別になんでもよかった。部活でも」

 あまり、褒められた動機ではないだろう。

 でも、櫻子にとってはそれは当然の行動だったのだ。


180:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:51:35.83 ID:sisJXbsWo

「私は、いつもどおりにしてたかった。副会長になってからも、ずっとそうしてられるって」

 だけど、実際は変わってしまった。

 向日葵は段々と櫻子から離れていき、とうとう生徒会でまで別行動を余儀なくされるようになってしまった。

 でも、なにより辛かったのは──────

「向日葵は、それでも平気だったんだって……」

 再び、瞳が潤む。

 櫻子にとって最も辛かったのは、離れ離れになっても、向日葵が気にしていなかったという事実そのものだった。

 向日葵にとっては期待の裏返しだったが、櫻子は見捨てられたように思ってしまったのだ。

「私が……副会長になっちゃったから……もう勝負は終わっちゃったから……私のことも、もうどうでもいいのかなって……!」

 口にしたら辛いとわかっているのに、それを押しとどめることはできなかった。


181:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:52:31.04 ID:sisJXbsWo

 本当は、生徒会活動なんて関係なく、向日葵と一緒にいたかったのだ。

 それでも仕事にかこつけてそばにいるよう言うしかできなかったのが、櫻子の不器用さだろう。

「もう、仕事なんてしたくないよ……副会長なんて、向日葵にゆずってあげるから……だから……」

 どれだけ流しても尽きることのない涙が、頬を伝う。

「もっと……私のそばにいてよぉ……!」

 ぽろぽろと、涙の粒が溢れる。


182:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:53:07.82 ID:sisJXbsWo

 なにもかも、自分の想いを吐き出して、櫻子はようやく理解する。

 何度も自分を襲った、名状しがたい苦しい気持ちを。

 怒りやいら立ちも内包して、どうしようもない焦りを生み出すその気持ちの名前を。



「私、向日葵がいてくれないと……悲しいんだ」



 それを認めることは、とても苦しかったけれど。

 でも、名づけた気持ちは形になって、ようやく向き合うことができたのだ。

 自分はこんなにも、向日葵と一緒にいたかったんだと。


183:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:53:47.84 ID:sisJXbsWo

 向日葵は、幼馴染の吐露を、静かに聴いていた。

 櫻子がこんなにも素直に気持ちを表すことが、今まで何度あっただろうか。

 あまりにもまっすぐで、そして重い言葉だった。

 その気持ちに、向日葵は、



「バカですわね、櫻子は」



 ただ一言で、応えた。


184:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:54:29.82 ID:sisJXbsWo

「いったい今まで何年一緒にいると思ってますの? 私があなたと一緒にいるなんて……当然のことじゃない」

 そう言って、向日葵は櫻子の目元を拭う。

 櫻子は、どういうことかわからないという風に向日葵の言葉を聞いていた。

「私ね、生徒会長……いえ、前会長に言われましたの」

 生徒会役員の引き継ぎ式の日。

 個別に話しかけられたとき、確かに向日葵もりせの言葉を聴いていた。

「“落選は残念だったけど、あなたにできることはまだまだあるから。あなたを認めてくれる人のために、がんばってね”……あの方は、そう言っていましたわ」

 その言葉を、向日葵は“自分に投票してくれた人たちのためにがんばれ”という意味に解釈した。

 それはちょうど、自分が考えていたことにそのまま沿う話だったから。

 でも、本当は違ったのかもしれない。


185:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:55:19.02 ID:sisJXbsWo

「私を認めてくれる人……それってきっと、櫻子のことでしたのね」

 誰よりも向日葵のことをそばで見ていて、そして頼りにしてくれる。

 りせは、副会長になった櫻子と一緒にがんばってほしいと、そう言っていたのではないだろうか。

「だけど私だって、考えもなくがむしゃらにがんばってたわけじゃありませんわ」

 結果的に間違った受け止め方だったかもしれないが、向日葵はりせの後押しを受け、時間外の活動に力を入れていく。

 それも闇雲に動いていたのではない。


186:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:56:03.88 ID:sisJXbsWo

「櫻子、私、次の目標を見つけましたわ」

「え……?」

「私、来年は生徒会長を目指しますから」

 櫻子は、自分が副会長になったから、向日葵はもう生徒会に興味がないのだろうと思っていた。

 しかし、実際はそうではない。

 向日葵はただ、今回の反省を活かして、新たな挑戦を始めていたのだ。

「櫻子が来年、どうするつもりなのかはわかりませんけど」

 そう言いつつも、彼女はもう知っている。

「もし同じ目標を目指すなら……私たち、まだまだライバル同士ですわね」


187:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:56:46.21 ID:sisJXbsWo

 弱々しかった櫻子が、大きく目を見開く。

「じゃ、じゃあ……まだ……」

「そう、少なくとも、もう一年は」

 そばにいるから。

「それから先のことなんて、わかりませんけど」

 でも、と。

 向日葵は穏やかに微笑んで、言った。


188:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:57:13.00 ID:sisJXbsWo







「もし離れたくないなら、ちゃんと私のこと、つかまえててごらんなさいな」






.


189:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:57:49.40 ID:sisJXbsWo

 言いながらも、向日葵は自ら手を伸ばす。

 櫻子の目の前で、その手を取るのを待っているように。

 櫻子はゆっくり両手を伸ばして、その手を包み込んだ。



「うん……!」



 まだその顔は泣き笑いだったけれど。

 それは確かに、いつも向日葵に力を与えてくれる櫻子の顔だった。


190:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:58:37.46 ID:sisJXbsWo


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191:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:59:09.53 ID:sisJXbsWo

「……それじゃ、もういい加減帰りますわね」

 櫻子が笑顔を取り戻して、落ち着いた頃合いを見計らい、向日葵はそう言った。

 思えば、既に相当な時間話しこんでいる。

 明日……正確には今日も学校があることを考えると、早く寝ておかなければならない。

 が、

「やだ……」

 櫻子は、つかんだままだった向日葵の手を、より強くにぎりしめた。


192:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 20:59:41.05 ID:sisJXbsWo

「やだって……ずっとこうしてろって言いますの?」

「うん」

 至極真面目な顔で、櫻子はうなずく。

「……眠いんですけれど、私」

「ん」

 櫻子が、ベッドの壁側に寄る。

 手前側に、なんとか一人が収まれそうなスペースが生まれた。


193:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:00:43.66 ID:sisJXbsWo

「え、一緒に寝ろっていうことですの?」

「ん!」

 何度も言わせるなという調子でうながす櫻子。

 向日葵はためらったが、どうやら櫻子は本気らしい。

「なら……失礼しますわよ」

 諦めて、空いたスペースへ入りこむ。


194:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:01:18.21 ID:sisJXbsWo

 すると、

「ちょ、ちょっと櫻子!」

 ぴったりと、櫻子が身を寄せてきた。

 しかも手をにぎられている関係上、向かい合う形で。

「こ、これはその……恥ずかしいんですけど……」

「……向日葵がつかまえてろって言ったんじゃん」

 にぎっていた手を、今度は抱きかかえるようにして体に密着させる櫻子。

 腕全体を通して、櫻子の体温が伝わってくる。


195:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:02:09.14 ID:sisJXbsWo

「……………………」

 どきどきと高鳴る鼓動を聞かれはしないかと緊張する向日葵。

 しかし、櫻子はそんな様子に気づくこともなく、次第にうとうとし始める。

「櫻子……?」

「ん……」

 返事も、もう曖昧になってきた。

 夕方から眠っていたとはいえ、ずっとうなされていたのだ。

 心身ともに、疲労していたのだろう。

 だけど今は、穏やかな顔をしている。


196:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:03:31.52 ID:sisJXbsWo

「……………………」

 向日葵は、その寝顔を眺めながら、色々なことを思う。

 この数日の、見ているほうが不安になるような不機嫌な顔。

 生徒会室で激昂したときの驚きや、その後の泣き顔を目にしたときの後悔。

 弱々しく向日葵のことを見つめる、儚い表情。

 まだ一緒にいられるとわかったときの、笑顔。

 なにもかも、全部、全部。



 自分を求めてくれているからこその、表情。



 そう思うと、心が温かくなると同時に、きゅっと切なくもなる。

 嬉しいのに、苦しい。

 いつもと違う櫻子の姿を、たくさん見たからだろうか。

 櫻子に対する気持ちが、不安定になっている。


197:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:04:02.70 ID:sisJXbsWo

(私は……)

 ごちゃごちゃな心は、まだ答えを出せない。

 だけど、まだ今はいいと思った。

 今はただ、櫻子の温かさを感じたまま、眠ろう。

「おやすみなさい、櫻子」

 空いているほうの手で、そっと櫻子の頭をなでる。

「…………ん」

 櫻子の口元が、幸せそうに綻んだ。



198:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:04:58.95 ID:sisJXbsWo


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199:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:05:57.90 ID:sisJXbsWo




「昨日はすいませんでしたーっ!!」



 綾乃と千歳の前で、櫻子は勢いよく頭を下げる。

 すっかり体力も気力も取り戻した櫻子は、放課後になると真っ先に生徒会室へやってきた。

 その顔を見るだけで、二人とも上手くいったらしいことを察したが、けじめとしてその謝罪を受け入れた。

「あんまり気にしないでね。ちょっとびっくりはしたけど……」

「古谷さんとは仲直りできたん?」

「え、ええ、まあ……」

 照れくさそうにうなずく櫻子。


200:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:06:41.88 ID:sisJXbsWo

 いつもなら「仲良くなんかないですよ!」とか言い返すだろうが、今日の櫻子は小さくも、それを認めた。

 どうやら仲直り以上に進展があったようだと、千歳はにこりと笑った。

「あの、それで仕事のことなんですけど」

 櫻子は表情を引き締めた。

「私、やっぱり向日葵と一緒に仕事がしたいんです!」

 昨日の今日で厚かましいお願いかもしれないとは思った。

 それでも、たとえ能率が落ちようとも、自分には向日葵が必要なのだ。


201:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:07:32.77 ID:sisJXbsWo

「ええ、いいわよ」

 しかし、櫻子の心配とは裏腹に、綾乃はあっさりとうなずいた。

「い、いいんですか?」

「まあ、古谷さんも、副会長の仕事を見て覚えるのもひとつの勉強になるというか……」

「綾乃ちゃん、野暮なことは言わんとき?」

 なんとか適当に理由をでっち上げようとする綾乃を見て、千歳はくすくす笑う。

 綾乃は顔を赤くして咳払いをする。


202:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:09:13.64 ID:sisJXbsWo

「と、とにかく! あなたたちがそれでいいと思うなら、自由にして構わないわ」

「ありがとうございます!」

 櫻子は、もう一度頭を下げた。

 その顔も、自然に緩む。

 また一年、向日葵と仕事ができるのだ。

「それで、古谷さんは?」

「ちょっとクラスの子たちに話をつけてくるって言ってましたけど……」

 手間取っているのだろうか、まだ来る気配がない。


203:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:09:50.08 ID:sisJXbsWo

「ちょっと見てきます」

 思い立ったら即、行動に移す。

 もう櫻子の動きに迷いはなかった。

「向日葵ー」

 少し廊下を歩くと、向日葵を見つけた。

 ただし、何人かの生徒に取り囲まれながら。


204:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:10:35.40 ID:sisJXbsWo

「ねえお願い! まだ時間あるでしょ?」

「いえ、今日はちょっと……」

「そんなこと言わずに! 助けると思ってさー」

 どうやらまた頼まれごとのようだ。

 向日葵はやんわりと断っているものの、相手が引く様子はない。

 それを見て、櫻子は一直線に駆け出した。

「向日葵ー!」

 ダッシュ。

 直前で弾みをつけて、ジャンプ。


205:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:11:29.79 ID:sisJXbsWo

「向日葵!」

 驚く向日葵や周囲の生徒を意に介することなく、櫻子は向日葵に飛びついた。

「ちょ、ちょっと櫻子!」

「みんな聴けー!」

 戸惑う向日葵を無視して、櫻子はたじろぐ生徒たちに一喝する。



「向日葵は私のものだから、勝手に貸し借り禁止!!」



 唖然としてそれを聞く生徒たち。

 当の向日葵も呆けていたが、櫻子は構わず手をつかんで歩き出した。


206:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:12:07.21 ID:sisJXbsWo

「ほら、いくよっ!」

「ええ……」

 目の前で起こったことに理解が追いつかないのか、もう誰も付いてこない。

 向日葵は、しばらくは大人しく手を引かれていたが、途中でわれに返った。

「さ、櫻子! なんてこと言ってくれましたの!?」

「え、なにが?」

「なにがって……」

 みんなの前で、自分のもの宣言。

 それは聴き様によっては──────


207:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:12:49.85 ID:sisJXbsWo

「つ、つかまえておけっていうのはそういう意味ではありませんのよ!?」

「へ?」

 怒鳴ってみても、櫻子はなんのことかと首を傾げる。

「も……もう知りませんわ!」

 向日葵はひとり真っ赤になり、手を振りほどいて先を歩き出す。

(ああもう、今度からなんて言い訳したらいいんですの……!)

 絶対勘違いされた。

 せめてすぐに説明できればまだよかったのに。


208:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:14:19.95 ID:sisJXbsWo

 そんな向日葵の苦悩など理解するそぶりも見せず、櫻子はのんびりと言う。

「向日葵ー」

「……なんですの?」

 ちらりと振り返って見ると、櫻子は満面の笑みを浮かべて言った。



「また一年よろしく……えへ」



 今度こそ向日葵の顔は、蒸気を発しそうなほど赤く染まった。

「さ、先行きますわよっ!!」

「あっ」

 そんな顔を見られまいと、向日葵は走り出した。


209:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:15:11.18 ID:sisJXbsWo

「待てよ向日葵ー!」

「待ちませんわ!」

 逃げる向日葵の背を、櫻子は追いかける。

 今度は、絶対に追いつける気がした。

 真っ赤になった顔は、櫻子にも見えていたから。

 だからこれはきっと、つかまえてみろっていう合図。

 櫻子は走りながら、引き継ぎ式のときの、りせの言葉を思い出す。


210:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:15:46.35 ID:sisJXbsWo




『古谷さんのことを信じて、一緒にがんばってね』


.


211:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:16:14.40 ID:sisJXbsWo

 彼女がどこまでこの展開を見通していたのかはわからない。

 だけど、すべてはその言葉のままに落ち着きそうだ。

 きっとりせは、この一年、ずっとみんなのことを見守ってきたのだろう。

 間違いなく、あの人は、私たちの生徒会長だった。


212:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:17:47.20 ID:sisJXbsWo




(もうちょっと)



 櫻子の手が、向日葵の背に近づく。



 あとちょっと。



 向日葵が、走りながら振り向く。



 二人の目が逢った。



 櫻子は、迷いなく踏み切った。



 両手を伸ばして。



 その手で、向日葵を抱きしめて。


.


213:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 21:18:20.78 ID:sisJXbsWo








「向日葵、つかまえたっ!!」










      つづく



【続き】
櫻子「あ、あのね……私、向日葵のこと……」

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■コメント

 [名無しさん]

ぐっじょぶ

 [名無しさん]

続きいつかなー

 [名無しさん]

泣いた普通に泣いた

 [名無しさん]

いいっすね~

 [名無しさん]

大作だった。作者のひまさく愛が溢れるようだ。

 [名無しさん]

いやぁ素晴らしい。これはほんとにすばらしいよ

 [名無しさん]

確かに…素晴らしいとしかいいようがないな

 [名無しさん]

確かに…素晴らしいとしかいいようがないな

 [名無しさん]

最高だ
この一言でしか言い表せない

続きに期待

 [名無しさん]

わざと生徒会のメンバーだけだったんですね
//←これつかわないと原作っぽさがにじみでるのな
はじめてさいひまで泣いた

 [名無しさん]

これはいいひまさく

 [名無しさん]

ひまさくSSで上位に入るほどの出来だわ

コレを読んでるときの顔の表情の目まぐるしさといったら…

 [名無しさん@ニュース2ちゃん]

いい・・・
沁みるわ

 [名無しさん]

これは……素晴らしい

 [名無しさん]

つ…つづくだと……!?

 [名無しさん]

感動した
つづき待ってる

 [名無しさん]

神過ぎてお話にならない

 [名無しさん]

おっちゃんどきがむねむねしてしぬかとおもたわ

 [名無しさん]

最高だった、コメントも絶賛の嵐だな。
しかも続くと来たもんだ、楽しみだ。管理人さん続きもぜひ取り上げてください。

 [名無しさん]

次は会長選挙後で向日葵当選か?
楽しみだな

 [名無しさん]

タイトルで胸が痛んだが、こんな素晴らしい内容だったとは
読んでよかった

 [名無しさん]

最高です
続き楽しみ

 [名無しさん]

なにこのコメント量

 [名無しさん]

すげー感動しちまった・・・
ひまさくの感情の動きが痛いほど伝わってくる
素晴らしすぎるよ、まったく
つづき楽しみですな

 [名無しさん]

本当に最高だ

 [名無しさん]

これだけ心理描写のすばらしいさくひまは初めてです!まさに神!!櫻子の気持ちが痛いぐらいに伝わってきました!まさに百合の真骨頂をしっかり書き遂げた神作品でした!

 [名無し]

コメントの多さに驚いた
これぞベストオブひまさく

 [名無しさん]

これはやべえ
感動しました

 [名無しさん]

コメント大杉ワロタ


ひまさくは真理

 [名無しさん]

伸びてるなあ

 [なまに]

良い話感動

 [名無しさん]

さくひま(ひまさく)を探し続けてきたが
これ以上に素晴らしい作品はなかった
ほんとに素晴らしいです有難うございます

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